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2024.01.24 09:00

1週間の峠のような水曜日、ちょっと心をほぐしてもらえるように【定年のデザイン無料試し読み⑦(最終回)】担当編集者が選んだ7編をどうぞ!

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 高知県立牧野植物園デザイナーだった里見和彦さん(66)が定年退職後の日々をつづったエッセー「定年のデザイン」が出版されました。高知新聞に連載されて好評だったエッセーの書籍化で、掲載された70編に書き下ろし30編を加えた増補版です。自宅の4畳半の部屋をオフィスとしたり、生活にめりはりをつけるための朝の散歩を「自宅への通勤」と名付たり。里見さんのボタニカルで穏やかな日常と回想が行き来する心温まるエッセー集です。書籍化を記念して、担当編集者が7編を選びました。新聞連載時と同じように毎週水曜日に更新してきました。今回が「試し読み」の最終回となります。

退職後をどう生きよう? 里見和彦さん「定年のデザイン」刊行 高知新聞人気エッセー待望の書籍化!新たに30編書き下ろし

70回目の水曜日に

 水曜日はウィークデーの真ん中で仕事の疲れが出てくる頃だ。去年の夏、担当記者さんと妻(副社長)と3人でこの連載の掲載曜日を決める時、「水曜日がいい」となった。ウィークデーの峠のような一日。そんな日に、ちょっと心をほぐしてもらえるような、この日を乗り越えればすてきな週末が待っていると思えるような、そんな連載にしようと決まった。そのようにはじまった「定年のデザイン」も今回でおしまいです。これまで読んでくださったみなさんありがとうございました。

 定年後、自宅で仕事をはじめた僕と妻が生活にメリハリをつけるため思いついた「自宅への通勤」(朝、家を出て近所をぐるっと回って同じ家に通勤する)も、3度目の冬を迎えた。通勤路にある菓子舗菊水堂のショーケースには「いちょう」や「松葉」雪の結晶を花に見立てた「風花」などの干菓子が敷板の上にちょこんと乗っかって冬の到来を告げている。季節の移ろいに沿って刻々と品を変えていくこの店のショーケースは、小さな植物園のようだ。

 ひょうたん公園を通ると本物のイチョウの木が黄色く色づき、ローソクの炎のような美しい樹形を見せている。2人で歩く通勤路の風景も少しずつ変化している。あたご商店街の陶器屋さんだった場所に歯医者さんができた。猫のフィギュアが印象的だった寿司屋さんは、しばらく店を閉めていたけど、最近模様替えをはじめ、新しい飲食店にするそうだ。食いしん坊の副社長が前のめりになっている。長く地元に愛されていた魚屋さんが惜しまれながらお店を閉めた。かと思うと商店街の真ん中に若い人がゲストハウスをオープンさせた。旅行者がふらっと泊まって、この街の良さに気づいてくれたらうれしい。

 ときどき訪ねる菜園場や升形、万々や天神橋なんかの商店街もそれぞれに個性的で、そこには町と人とが発する温もりが感じられる。人が人と共に生きていることを実感できる場所の一つが「商店街」だと思う。僕が育ったあたご商店街は、南北の通りの向こうにいつも北山が見えていてそこからなにか良いものが降ってくるような気がしてここを通るとなぜだか安心感が湧いてくる。それを人は「ふるさと」と呼ぶのかもしれない。

 夫婦で同じ道を歩き、同じものを見ても感じ方はそれぞれだ。同じものに対するそれぞれの感じ方の違いから、僕は自分というものを理解していく。この連載も、僕が書いた原稿を妻に見せ、校正をしてもらう。時には大きく直される時もある。そんな時、「むっ」とするときもあった。でもよく考えると、だいたい妻の言うことの方が正しいということがわかり、素直に直すようになってきた。僕だけで書くとどうしても男の目線になって、すこし硬かったりしてしまいがちだけど、別の目で見直し修正していく中で、それまで知らなかった相手のことが理解できたりもする。それを70回もやっているうちに、僕は妻の(そして女性の)気持ちがすこしわかるようになった気がする。(村上春樹さんも書いた原稿をまず奥さんに見せて、ガマンして修正するのだそうだ)

 あれこれ話しながら歩いているうちに、僕の家が見えてきた。父が遺していった庭のビワの木に、今年も白い花がちらほら咲きはじめた。花はじっくりと時間をかけて変化し、来年の初夏には美味(おい)しい実を結ぶだろう。(文とスケッチ・里見和彦=展示デザイナー・高知市愛宕町在住、 2019.12.18掲載)

【定年のデザイン無料試し読み①】編集者が選んだ心温まるエッセー7編をどうぞ! 初回は定年退職後に始めた「通勤という名の散歩」
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