2022.08.07 05:00
国道を止めた男を知っているか 地元振興の悲願を「高知型のよさこい」に託した平岸会場の物語 ヨサコイ不思議発見!⑤
高知の播磨屋橋をデザインに取り入れた平岸天神の地方車と中井昭一会長
高知新聞のよさこい担当記者2人が第31回YOSAKOIソーラン祭り(6月8~12日・札幌市)を取材し、関係者の思いを聞いてきました! 全7回の連載でお届けします。(①、②、③、④はこちら)
札幌市南部の商店街会場「平岸」は、YOSAKOIソーラン大賞の最多受賞歴を誇る「平岸天神」のホームグラウンド。ここに、高知のよさこいパワーに導かれ、市内で初めてYOSAKOIのために国道を止めてしまった紳士がいるのをご存じでしょうか?
平岸天神の中井昭一会長、87歳。
地元振興に懸けた悲願の物語をご紹介します。
■赤レンガの商店街事務所へ
第5回YOSAKOIソーラン祭りの平岸会場の様子(1996年撮影)
「まあまあ、わざわざ高知から!」。日本茶屋さんが熱いお茶をごちそうしてくれました。「ぜひ、あそこで話を聞いていって。いくらでも話してくれるよ」
教えてもらった先には、民家の蔵のような古びた赤れんがの建物。トントンと扉をたたくと、帽子をかぶった紳士が登場しました。
「高知からですかあ! うれしいねえ。どうぞどうぞ」
赤レンガの建物は、平岸中央商店街の事務所。紳士はチーム「平岸天神」の創設者で、今は会長の中井昭一さんです。商店街の相談役も務めており、室内には歴代チームのカレンダーなどが飾られています。
「うちで踊り始めて30年がたったんですがね。平岸のYOSAKOIと高知には、それはそれは深いつながりがありまして…」
中井さんは目を細め、古い写真を見せてくれながら、かつてのことを語り始めました。
■平岸を、人が集まる場に
シベリアにも出荷されていた「平岸りんご」を貯蔵していた倉庫。現在は商店街事務所と太鼓道場として使われている
不動産業を営む中井さんや商店街の仲間たちは「人が集まってにぎやかになる場をつくりたい。何か手はないか…」。リンゴ倉庫を活用して太鼓チームを立ち上げ、あれこれ策を講じていました。
92年、運命の出会いが訪れました。第1回YOSAKOIソーラン祭りを盛り上げるために高知県から呼ばれた「セントラルグループ踊り子隊」が平岸中央商店街にも足を伸ばし、スーパーの駐車場で踊りを披露したのです。
「あの駐車場でセントラルが踊ってくれました」。案内してくれる中井会長の声は弾んでいる
「エネルギーあふれる踊りにびっくりしちゃって。心が躍りましたよ」(中井さん)
ドンドンと足元に響く重低音、シャンシャンと響く鳴子の音…。気付くと、足を止めた人で駐車場はいっぱいになっていました。
「これだ! うちも、よさこいをやるしかない」
中井さんは、すぐに商店街によさこいチーム結成を打診。太鼓チームのメンバーや近所の大学の空手部員に声を掛けて80人をかき集めました。翌93年の第2回、チームを出場させ、町内の公園で「平岸会場」も開設。各チームに周遊型で踊ってもらいました。
■国道封鎖を求め、駆け回った
「うーん。流し踊りがやりたい」
94年。中井さんは平岸会場を進化させようと考えを巡らせていました。というのも、公園では囲むビルに音が閉ざされ、観客があまり集まらなかったのです。
流し踊りとは、道路などの会場を、踊り子が前に踊り進む方式。高知のよさこいは昔から流し踊り方式がメインで、踊り子と観客が一緒に盛り上がる要因とされています。
中井さんは高知のよさこい祭りにも足を運び、「本場の高知のよさこいのようにやりたい」「地域の人と踊り子が一体となって盛り上がりたい」との気持ちを募らせていました。
「平岸の目抜き通りは国道だ。ここで踊れば、絶対に盛り上がる」
片側2車線の立派な国道が走る平岸会場
ただ、当時はYOSAKOIソーラン自体が始まって間もない時期でした。
「え、ヨサコイ? 何それ」「駄目駄目」「大体、どうして道路を止める必要があるの?」区を貫く国道の使用許可は、なかなか下りませんでした。
中井さんは言います。「高知では昔から道路で踊ってるでしょ。だからあまり実感がないかも知れないけど、道路を封鎖して踊るというのは本当に大変で、本当にすごいことなんです」
中井さんらは何度も何度も警察などに話を持っていき、断られ続けても諦めませんでした。地域の商店を回り、「どうか協力を」と呼びかけました。
会場運営を始めて3年目の95年、ついに国道片側の使用許可が下りました。
平岸の街で実現した流し踊り(1996年ごろ)
祭り当日は、街の人も踊り子も、大盛り上がり。中井さんは「ああ、高知のよさこいの風景だ」とうれしさをかみしめました。
■「諦めない」。国道全面封鎖の夢
第29回よさこい祭り(1982年)の追手筋本部競演場。4車線を使って踊っている
中井さんはまた考えを巡らせていました。「片側では足りないな。やっぱり全面封鎖じゃないと…」
高知のよさこいのメイン会場・追手筋では、東西に350メートル延びる道路の4車線を使って、地方車が2台同時に進みます。そのにぎやかな光景が、中井さんの頭に浮かんで消えなかったのです。
また仲間たちに声を掛け、何度も何度も地元警察に足を運びました。警察の担当者は「いくら何でも無理」「国道を全面封鎖するなんて…」とあきれ顔。中井さんは断られ続けても、諦めませんでした。
「追手筋のように道の両側を踊り子と地方車が進むのがやはり『よさこいの神髄』って気持ちがありましてね」(中井さん)。街の仲間も「片側を車が通っていたら、踊りを見たいドライバーが脇見運転して危ない」と全面封鎖に味方してくれました。
やがて署長が中井さんの熱意に「根負けしてくれました」(中井さん)。見事、願いはかなうことになったのです。
平岸会場で踊る平岸天神。大学の空手部員も参加してスタートしたこともあり、演舞では空手の精神を取り入れた「力強さ」「スピード感」「キレの良さ」「笑顔」を大切にしている
「後で署長が怒られたって、噂で聞いたけど。いい人だったなあ」
中井さんは懐かしそうに振り返ります。
■次の野望は…
平岸では、会場を開いて5回目の97年から現在に至るまで、国道約500メートル区間(商店街の半分ほどの距離)を全面封鎖した運営が続いています。踊り子からも「平岸はお客さんとの距離が近くて楽しい」と人気は高いそうです。
その会場運営を支えるのは地域の約30団体、300人のボランティアです。流し踊りを始めた当初は、「プロのガードマンを120人も頼んでました」と中井さん。ですが今では、体力に自信がある消防団員が警備に当たり、地元の剣道部会の女性らが誘導や観客などへ声掛けをしているそうです。
今も各イベントで人気の「平岸天神太鼓」
「よさこいすら知らない街でしたが、今はここらのみんなが平岸天神のファンですよ」
今年でチーム結成30年。「記念の年に、よく来てくれました。今後は商店街全体を踊ることができるようにしたいなあ」と中井さん。まだまだ野望がありそうです。
◇
高知と遠く離れた北の地に、ここまで高知のよさこいに憧れてくれた会場とチームがあったとは…。何げなしに訪れた平岸でしたが、すてきなよさこいストーリーに出合うことができ、不思議な縁を感じました。
(企画・構成=浜田悠伽)
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