高知県佐川町出身の植物学者、牧野富太郎博士(1862~1957年)。草木の研究に一生をささげた牧野博士は1500種以上の植物を命名しました。高知新聞社では、一つの道を究めた牧野博士のスピリットを受け継ぐ人、現代の「探求人」が、高知の子どもたちに、発見やおどろきからくる学びの楽しさを伝える「BOTA!探求人応援プロジェクト」を実施しています。 高知で活躍する「探求人」から何かに夢中になることの素晴らしさを教わる「特別授業」をリポートします。□「BOTA!探求人応援プロジェクト」の詳細はこちら 第3回の先生は、土佐市宇佐町にある高知大学総合研究センター・海洋生物研究教育施設教授の斉藤知己さん。「海をめぐるウミガメ探求」と題した授業に、小学生と保護者計32人が参加し、3種類のウミガメについて標本を見ながら学んだ後、アカウミガメの子ガメをじっくりと観察しました。 ◆守りは完ぺき かたくがんじょうなこうら 「カメが地球上に現れたのは、2億2千万年前と言われています。人類は500万年前。カメの方が先ぱいなんですね」と斉藤さん。当時から、ほとんど形が変わっていないそうです。長く生きのびてきた最大の特長が「背中側、おなか側のこうら。こうらでおなかの内臓部分をしっかりと守れるつくりになっているんです」とアカウミガメの骨の標本を見せながら説明しました。「ウミガメはかたくがんじょうなこうらを持つことによって、防ぎょ力、守る力を大きくしたと言えます」。参加者は標本をおそるおそるさわり、頭の骨も観察。ウミガメには歯がなく、鳥と同じようなくちばしがあることも確認しました。 ◆日本で産卵するウミガメは3種類 日本で産卵するウミガメは3種類います。アオウミガメ、タイマイ、アカウミガメで、すべて絶滅のおそれがあるとされています。 アオウミガメは「高知県に産卵場所はありませんが、海そうを食べに来ていると言われています」と斉藤さん。世界で一番有名なウミガメだそうです。船に1カ月以上乗って旅をしていた大航海時代のこと。食料を手に入れる時に、ウミガメやリクガメは動きが遅く捕まえやすいと重宝されました。「イギリス王室の晩さんメニューにはウミガメのスープが入っていました。これがはやり、どんどん捕獲されて数が少なくなりました」と教えてくれました。 タイマイは、こうらをおおっているうろこに特徴があります。「加熱してたたいて成形できます。表面をあぶるとこげて、くっつけることができます。こうして作られているのが、べっこう細工。ネクタイピンなどになります」と斉藤さん。続いて「タイマイのうろこから作られた、めがねの値段が分かる人?」とクイズを出しました。「1万円」「50万円」と口々に答える参加者たち。「100万円」という答えに、斉藤さんが「正解!」と言うと、「えー!」というおどろきの声が上がりました。タイマイは工芸品の材料として乱獲され、世界で一番数が少ないそうです。左からアオウミガメ、タイマイ、アカウミガメのうろこ
アカウミガメは、高知県に5月から8月の夜、産卵に来ます。まず、四つの足を使って自分の体が収まるようなくぼみを作ります。そして、丸いつつ型の穴を後ろ足であけ、100個ほどの卵を産みます。穴をうめた後、どこに産んだか分からないように砂をかけ、カモフラージュをします。全部で1~2時間かかるそうです。参加者は卵のからにもふれて、「ニワトリよりうすいねー」と学んでいました。 産卵からかえるまで、約2カ月かかります。斉藤さんは「沖に出た子ガメは、北太平洋の中央部にいることが分かっています。大人になってから日本の沿岸にやってきます。何歳まで寿命があるか、まだ分かっていません」と言います。◆いっせいに砂浜から出る子ガメたち 斉藤さんは、子ガメが生まれる様子の動画も見せてくれました。砂の表面にきれつができ、1ぴきの子ガメが現れると、次から次へと出てきます。「めっちゃおる」「かわいいー」と参加者たちは興味しんしんです。「子ガメを食べに来る捕食者がいない夜の時間をねらって、いっせいに砂浜から脱出して海にかけおりてきます」と斉藤さん。 「捕食者はだれですか?」という参加者の質問に「砂浜の卵なら、高知の場合はキツネ、野犬、スナガニ。子ガメの捕食者は、スナガニやカラス。海に入ったら、アジやハタの仲間など肉食魚です。大きくなってからは、サメの仲間。特に有名なのがタイガーシャークで、さんごしょうの浅い海までやってきてカメを丸のみにすることで有名です」。 ◆オス、メスを決めるのは温度 研究施設の見学もありました。卵をかえす機械が三つあり、27度、29度、31度とそれぞれ温度がちがいます。子ガメの生存率や卵からかえる割合を調べていました。ウミガメの性別は、29度のあたりで分かれます。上ならメス、下ならオスになるそうです。外には、小さな子ガメがたくさん。アオウミガメはおなかが白く、元気いっぱいでした。子ガメを手にした参加者は「前足が手に当たると、痛いくらい」とびっくり。こうらをさわったり、写真をとったりして楽しみました。 ◆“研究者”になってこうらの長さを測定 さあ、子ガメとじっくりふれあいます。アカウミガメの赤ちゃんを観察すると、こうらの中央付近に少しでっぱりがあります。「キールといい、子どもの時にしかない特徴です。子ガメが沖に泳いでいく時に、キールがないと横にゆれて泳ぎが安定しない」と斉藤さん。こうらを測るため、参加者に手わたされたのは「ノギス」という器具。ミリ単位まで正確に測ることができ、世界中の研究者が使っています。ノギスをこうらにあて、“研究者”として、注意深く目盛りを読む参加者たち。「45.5ミリメートル」「47.9ミリメートル」とあちこちから声が上がりました。 ◆絶滅の危機にあるウミガメたち 最後に、斉藤さんがいくつかの写真を見せてくれました。東南アジアの国でウミガメの肉や卵を売っている様子。ごみだらけの砂浜や死んだオサガメのおなかから出てきたビニールなどの化学製品。高知海岸の75年前と5年前の航空写真を比べて見ると、砂浜がせまくなっているのが分かりました。砂浜に置かれたコンクリートブロックも、産卵を難しくしています。「高知海岸で産卵が一番多かったのは、2013年。その年は88回でしたが、今年は6回。15分の1になっています」と斉藤さん。「ウミガメは人間の活動のえいきょうを受けて絶滅の危機にあります」としめくくりました。 熱心に耳をかたむけ、じっくりと学んだ参加者たちのノートはメモでいっぱいでした。「ウミガメを観察できたし、卵を何個産むのかなど知らないことが知れてよかった」「温度によってオスとメスになるのが面白いと思った」などと話していました。◆斉藤先生から 海をめぐるウミガメにせまった特別授業。最後に斉藤先生からのメッセージです。 「高知県は、幸いにも自然がまだ残されています。自然そのものが博物館のような所ですので、机の上の勉強ばかりじゃなくて、山に海に出て、生物に触れて、自然の中でいろんな体験をしてください。自然から学べることがいっぱいあります。そういう経験をして、将来は何らかの形で自然を守ることにこうけんできるような大人になってほしいなあと思います」 □斉藤先生のインタビュー記事はこちら