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2023.08.31 08:15

寿恵子「待合」の経営者になる 牧野富太郎の妻も店を経営【連載記事復刻】寿衛のビジネス

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©️NHK

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 朝ドラ「らんまん」の寿恵子(浜辺美波)は、働いている新橋の料亭で「待合(まちあい)」をやってみないかと提案されました。明治時代、待合とは待合茶屋とも呼ばれ、飲食も提供する接待や密談の場であったといわれます。

 これは史実に沿ったエピソードです。牧野富太郎博士は自叙伝で、このことを書いています。当時の牧野家は経済的に困窮しており、ついに寿衛は自ら店を経営することを決意するのです。

 その場所はドラマであった通りに渋谷で、牧野博士は渋谷の「荒木山」だったと明かしています。待合の名前は「いまむら」だったそうです。

 過去の高知新聞連載記事から寿衛の待合について書いた回を復刻しまたので、ご覧ください。

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『淋しいひまもない 生誕150年牧野富太郎を歩く』(44)寿衛のビジネス

 若い2人の「愛の巣」に足りなかったものは、やはりお金であった。

  ちょうど牧野富太郎と寿衛が一緒に暮らし始めるころ、裕福な商家であった故郷佐川の実家の没落も始まった。それまでは牧野の求めに応じて送金が行われ、それが植物研究と生活を支えていたのだ。

寿衛と子どもたち(高知県立牧野植物園所蔵)

寿衛と子どもたち(高知県立牧野植物園所蔵)

 無給のフリー研究者という状態は約7年も続き、東京帝国大学理科大学の助手という待遇を得るのは、ようやく牧野が31歳になったころである。それでも給料は15円という安さで、植物誌の自費出版を続け、さらに2人の間に子どもが次々生まれた。家庭は窮乏して、高利貸に頼った。

  牧野の「自叙伝」からの追想である。

  〈いつだったか寿衛子が何人目かのお産をしてまだ三日目なのにもう起きて遠い路を歩き債権者に断わりに行ってくれたことなどは、その後何度思い出しても私はその度に感謝の念で胸がいっぱいになり、涙さえ出て来て困ることがあります〉

  老境にある牧野が涙が出るほど感謝している、と書く。しかし、富太郎という男の妙は、次に続く述懐にある。

  〈実際そんな時でさえ私は奥の部屋でただ好きな植物の標本いじりをやっていることの出来たのは、全く妻の賜(たまもの)であったのです〉

  寿衛が20歳前後のことだろう。出産直後の若妻に借金取りの応対を任せ、奥の部屋で標本いじりに没頭している牧野がいるのだ。

 笑ってもしまうが、あんまりのことである。

  しかし、どうだろう。もし牧野が債権者と交渉し、自らの生活を常識的なものにしていったなら、日本で最も偉大な植物分類学者が生まれていただろうか。

  新婚当初から、寿衛の金策苦労は尽きない。第3部にも書いたように、寿衛の借金取りのあしらいは洗練さを増す。相手の言い分をよく聞いた後に、牧野の植物研究の意義を説き、借金取りの方が「まことにこれは相済みません」と帰っていくようにまでなったというのだ。
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 しかし、借金が減るわけではない。

  牧野30代から40代の壮年期は、北は北海道の利尻島から、南は鹿児島の奄美や屋久島まで、全国各地で植物採集を続ける日々だった。各地で謝礼も受け取りながらのものであったが、やはり費用はかさんだ。

  ついに寿衛は決断した。私がビジネスを始めるしかない、と。

  明治維新後、「待合(まちあい)」という店が流行していった。政府の要人や企業人らが利用し、芸妓を呼んでの宴席、そして密談の場所となった。現在の高級料亭に近いものだろう。

  寿衛は「待合」を始めた。

  〈これは私たちとしては随分思い切ったことでもあり、私が世間へ公表するのはこれがはじめてですが、妻ははじめたった三円の資金しかなかったに拘(かかわ)らずこれでもって渋谷の荒木山に小さな一軒の家を借り、実家の別姓をとって〝いまむら〟という待合を始めたのです〉(自叙伝)

  寿衛の才覚は、ここでも生かされた。

  〈これがうまく流行(はや)って土地で二流ぐらいまでのところまで行き、これでしばらく生活の方もややホッとして来た〉(同)

  やがて「待合」経営は周囲に知れ渡る。

  〈「大学の先生のくせに待合をやるとは怪(け)しからん」などと私はさんざん大学方面で悪口をいわれたものでした〉(同)(2013年3月8日付、社会部・竹内一)

【こちらもどうぞ!】らんまん脚本家、長田育恵さんがドラマへの思いを語る音声コンテンツです。


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