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2007.12.17 08:00

『本城直季 おもちゃな高知』竹のさおと黒いアユ

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吾川郡春野町の仁淀川


 「なんか袋持ってないかえ」。そう言って舟のかんこに網を突っ込んだ、ただかっちゃん(73)。しばらく前に、太陽が山の陰に隠れて、寒さが増した冬の河原。暗くてよく見えないが、網の中にはたくさんのアユがびちゃびちゃ暴れている。「あんまりやるような魚やないけんど」そう言って、ほれっと網を差し出す。ビニール袋を広げるも、ただかっちゃんとの間を冷たい水が流れている。長靴も履いていなかったので、申し訳なく突っ立っていると、防寒も兼ねた胴長を着ているただかっちゃんは、舟から下りて網を持ってきてくれた。「こりゃー袋がこまいわ」

       ◇
 
 川べりを覆う竹林を揺らす強い風は、とっても冷たい。乾いて真っ白になった砂利の河原の端っこを、遠慮がちに流れる川に、防寒着で体を覆って舟を浮かべる数人の釣り人。目と手だけ出して、さおを振っている。
 
 アユをいただく2時間ほど前、軽トラックに乗ったままの仲間と話す1人の釣り人が、何度もさおをしならせていた。朱色に染まったひれに、黒みがかった魚体のアユが水面を割って、釣り人の手の中へ。魚を外す間、車の方に体を向けて目だけ出した顔が笑っている釣り人は、ただかっちゃん。「しまった」と体をびちびちくねらせるアユが、舟のかんこの中にぼちゃっと消える。
 
 さお先から伸びた糸に重りをつけ、その先に魚を引っかける針が連なる仕掛けを使うコロバシ漁を「誰に教えてもらうこともないけんど、川へ来たら近所の年寄り連中がやりよって」と20歳ごろに覚えた。「釣り(針)は再々換えんとかからん」と言って、仕掛けを交換した途端、さおが大きく曲がって、一気に2匹のアユが水面から飛び出した。腕前に驚いていると「コロバシじゃゆうがは本当、芸はない」と言うただかっちゃん。でも、すぐにさおはしなる。
 
 漁を始めたころ、漁場へやってくるとずらっと舟が並んでいた。新顔のただかっちゃんは「あんまりぼっこり来てもやる場所ないき」と、人の邪魔にならない隅っこで、自分で切って作った竹ざおを振った。すると「人がおらん所でやったら、アユがよけおって」と面白いように捕れたそう。青竹のさおは重かったが「ええ漁ができた。そんなことで病みつきじゃわねぇ」と笑うただかっちゃんは、それから50年以上、夏も冬も川に通っている。
 
 暮れ始めると早い冬の夕方。釣った魚も見えづらくなってきた。帰りを待つ奥さんが心配するのでは、と尋ねると「心配するかあ」と笑いながら、「あんまり川魚は好きやないけんど、料理はようしてくれる」と少し照れたような顔。
 
 「別に捕ってどうのこうのないけんど、すぐ近に漁場あるし、アユがおるきじゃおかねぇ」。30年以上、一緒にアユを捕ってきた舟の上で、片付けを始めた。「あしたも来なあいかん。ご苦労なこと」。白い軽トラックが、ごとごとと砂利の上を走る。真っ暗な河原を照らすライトが、帰り道を教えてくれた。(飯野浩和)

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