2021.03.03 08:14
消えていた炎~限界の山里で~(1)「家がない」「熱もなかった」
焼け落ちた家。誰も火災に気付かなかった(仁淀川町別枝)
2月10日。高知県吾川郡仁淀川町別枝に、まぶしいほどの冬晴れの朝が訪れた。前日には土佐三大祭りの一つ「秋葉まつり」が始まり、静かな山里は一年で最もにぎやかな季節を迎えていた。
別枝の都地区に住む女性(72)は、自宅の神棚や仏壇に飾るお供え物を買いに、車で高岡郡越知町のスーパーへ向かった。
くねくねした山道を下り、隣の中村地区の大規模林道にさしかかった午前9時50分ごろ、女性は異変に気付く。
「家がない」
山と谷川に挟まれた通い慣れた道。道沿いにあるはずの中沢光(こお)さん=当時87歳=の自宅が、あるべき場所になかった。車のスピードを緩め、思わず二度見した。
「とにかく、人を呼ばないと」
携帯電話は家に忘れていた。そのまま車を走らせ、約1・7キロ離れたかつての職場、仁淀工業の事務所に駆け込み、上岡和男社長(71)とともに現場に戻った。
1人暮らしの中沢さんの家は完全に焼け落ち、外壁も残っていなかった。火の手は裏山にも及び、黒焦げになった木の根元だけが墓標のように並んでいた。
発見時、上岡さんはもう消防が来て消火した後かと思った。火や煙がないどころか、「熱もなかった」からだ。近所の人も火事を知らなかったと分かり、消防や警察、役場に連絡した。
午後、現場検証で1人の焼死体が見つかり、その後、中沢さんと確認された。避難しようとしたのか、縁側の前で倒れていた。
■ ■
火災は9日夜から10日未明に発生したと思われるが、詳しいことは分からない。目撃者がいないのだ。
中村地区の住民は、中沢さんを含めわずか6人。いずれも高齢者で家は点在している。約250メートル離れた場所で暮らす男性(91)は「家におったけど、全然気付かんかった。夜は早う家に入って、外に出んき」。
同じ道沿いに住む別の男性(88)は、火災を誰も知らなかったことについて「不思議とは思わん。もう昔みたいには人が通らんがじゃき」と話した。
第一発見者の女性はかつて民生委員をしており、中沢さんと交流があった。「道ぶちから声を掛けると、手を上げて『おおっ』と返事をしてくれてね…」。その姿が忘れられないという。
「通り掛かるときは必ず家を気にしよった。あ、今日は雨戸が開いちゅう、夜は電気がついちゅうとか。よう助けてやらんかったことが、寂しくて、情けなくて…」(佐川支局・楠瀬健太)
消えていた炎~限界の山里で~(2)「山じゃ食えんなった」
消えていた炎~限界の山里で~(3)「支えたいが人がおらん」
消えていた炎~限界の山里で~(4=終)「安気な家に帰りたい」