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2023.10.11 08:00

小社会 トンネルの向こうへ

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 香美市のインドネシア料理店を思い立って訪ねると、中に書棚があり、スペイン語の古書が並んでいた。昨夏に67歳で亡くなったスペイン出身のエバ・ガルシア・デルサスさんの遺品という。「故郷へ帰ると決めてからご病気になられて」。彼女を慕った店主のユニさんが目を伏せた。

 エバさんと日本の縁は55年前、川端康成「雪国」のスペイン語訳を読んだのが始まりだ。「トンネルの向こうに行きたかった。そんな気持ちかしらね」と生前語っていた。

 18歳で来日。夢中ですごして滞在が延び、「これを最後にスペインに帰ろう」と高知県へ土佐和紙づくりに来て運命が分かれた。突然赤痢を発症、長期入院となり、この時担当した高知医大の教授は語学の堪能な彼女を重宝がった。

 当時28歳。退院して解剖学教室の助手となり、英語の講座を持つ。以来40年、高知に暮らし、アジア僻地(へきち)の訪問、医療調査や交流、留学生らの支援をはじめ、惜しみないボランティアに励んだ。

 「ちょっと行ってくるね」。旅券にサインをくれた父親に礼を言って、旅立ってから幾星霜、かくも長き滞在になろうとは。「どこに暮らしても社会は狭い、だけど世界は広い」とは生前の言葉。

 トンネルの向こうを訪ね、人と出会い、誰かを支えた素敵(すてき)な人生だった。瞳を輝かせ、暖風で包み込むようなムードを忘れられない。10代でスペインから持ってきた本なのだろう、青春の香りがする。

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