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2023.08.18 08:30

3.11に学んだ夏 防災の誓い新た(上)―高知新聞社「防災いのぐ特派員」が被災地報告

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 高知新聞社の防災プロジェクト「いのぐ」の一環で、県内の中学生6人が「防災いのぐ特派員」として8月3~5日に東日本大震災の被災地、宮城県を訪れた。語り部の話を聞き、震災遺構を見て、防災の誓いを新たにした6人の思いを本人が撮った写真とともに紹介する。

芸西中3年・田村蒼羅さん(芸西村)
次につながる行動を

 二つのことが印象に残りました。一つ目は「3月11日は悲しい日ではなく、たくさんのご縁がつながった大事な日」ということ。多くの人の命が奪われたその日を私は「つらく悲しい日」だと思っていました。しかし、その印象は名取市閖上(ゆりあげ)地区の語り部、丹野祐子さんが変えてくれました。

 中学1年だった丹野さんの息子さんの命は、津波で奪われました。これからもっと華々しい人生が待っているにもかかわらず、「自分より先に亡くなる」ことがとてもつらかったそうです。

 ですが、丹野さんは「二度と同じ思いをしてほしくない」との思いで語り部活動を続けています。もし私の周りで誰かがいなくなってしまったら、私は前を向けず、過去ばかりを振り返っていると思います。

 ここで学んだのは「同じ過ちを繰り返さないために次につながる行動」の必要性です。また同じようなことが起きても、事前に対策を取っておけば大切な人の命が奪われるリスクは減ると思います。さらに今後、私たちがしていくべき行動は「被害者から話を聞き、周りに伝え、南海トラフ地震のような大きな災害に負けない地域をつくっていくこと」だと思いました。

 二つ目は「とにかく高台へ」。「津波は来ない。大丈夫」との考えで多くの人が命を落とし、「地震が来たらとにかく逃げろ、空振りでもいんでねえの」との教訓が閖上にできたそう。この教訓を忘れず、一人でも多くの人の命が助かる行動を心掛けたいです。

▽特派員EYE
 教室の天井の骨組みが剥き出しになるほどの津波の破壊力に、怖さを改めて実感しました(気仙沼市の東日本大震災遺構・伝承館=気仙沼向陽高校旧校舎)


高知国際中2年・三嶋悠平さん(高知市)
気付きを周りの人に 

 家族を亡くした丹野祐子さんから事前研修で聞いた「生きていることが当たり前ではなかった」という言葉を胸に宮城県を訪問しました。

 仙台空港に着く直前に見た海岸付近の景色は、震災被害が残っていないように見えました。しかし、石巻市の旧門脇小学校や気仙沼市の旧向洋高校、南三陸町の旧防災対策庁舎などの震災遺構では、窓ガラスはもちろん、壁までなくなっていて衝撃を受けました。

 向洋高の3階にはベランダの柵を突き破り、教室にひっくり返った車がありました。近くの冷凍工場が流されて校舎にぶつかったことも知り、津波のすさまじい威力を感じました。

 2階まで津波が到達した門脇小では、タンクから漏れ出た重油などに着火した炎が津波に乗ってやって来ました。剥がれた3階外壁の塗装、むき出しのコンクリートを目の当たりにし、私の自宅の南には重油タンクやプロパンガス施設があるため、自宅周辺が津波火災に襲われるのではないかと心配になりました。

 現地で見て、聞いて、感じたことを他のメンバーと振り返り、気付きを言葉にしました。津波は建物を押し流すほどの威力があること、避難は事後に考えるのではなく家族とよく話し合っておくこと。そして何より「生きていることが当たり前ではなかった」という丹野さんの言葉の重み。家族、先生、友達、近所の方など周りの人に「生き残るための避難」について伝えていきたいです。

▽特派員EYE
 渡り廊下を支える鉄筋は通常伸びて切れますが、ここでは伸びずに切れ、津波の威力を感じました(石巻市の震災遺構大川小学校)


香長中3年・川崎葵衣さん(南国市) 
日々考えること大事 

 震災遺構を実際に見た時、全身の血が引くような感じがしました。防災学習で何度も見てきた映像や写真と実際の風景が重なり、自分が津波にのみ込まれてしまう映像が頭に浮かびました。津波の威力のすさまじさと恐怖が、目や皮膚から体の中に入ってくる。これは今までに感じたことがない感覚でした。

 被災地で実際に見て、話を聞いた経験は私の心に残り続けると思います。中でも最も心を揺さぶられたのは、石巻市の大川小学校で聞いた話でした。

 助かるはずだったたくさんの命が失われた。想定していても、備えていても助けられない命がある現実。涙ながらの「逃げてほしかった」という心からの叫びと後悔が私の心に刺さりました。誰にも二度とこんなつらい経験をしてほしくないという強い思いは、語り部さんの表情からも全身からも伝わってきました。

 高知に帰ってきた今、私が伝えたいのは、大切な家族、大好きな友達、自分の命も失ってからでは遅いということ。これまでは日頃の備えや、ある程度の心構えがあれば大丈夫だと考えていました。

 ですが、想定通りにいかないのが災害です。どんなに備えていても絶対に大丈夫ではない。想定外を常に想像し、家族や大切な人たちと日々考えることが大事です。ある語り部さんが言っていました。3月11日は悲しいだけの日ではない、新たなご縁をつないでくれた日でもある、と。この言葉を私は絶対忘れません。

▽特派員EYE
 慰霊碑の塔が津波と同じ高さと知り、ゾッとしました。防災を学び伝え続けなければと強く思いました(名取市の東日本大震災慰霊碑)



高知新聞防災プロジェクト「いのぐ」
 高知新聞社は2016年から防災プロジェクト「いのぐ」を展開している。将来的に避けて通れない南海トラフ地震をはじめ、災害から命を守ることが目的のキャンペーンで、「いのぐ」は古い土佐弁で「しのぐ」「生き延びる」という意味がある。

 毎月第3火曜日掲載の「高知地震新聞」のほか、次世代の防災リーダー育成を目指す「いのぐ記者」、住民と共に課題を考える「いのぐ塾」などを実施。今年は新型コロナウイルス禍で見送っていた被災地訪問を「防災いのぐ特派員」事業として再開した。

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