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2023.03.26 08:32

「ドーム3個分」の山と―高知(ここ)に住まう 第6部 食と暮らしのカタチ(6)

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裏山にわなを仕掛ける山口貴子さん(香南市香我美町)

裏山にわなを仕掛ける山口貴子さん(香南市香我美町)

 香南市香我美町の、山深い集落。築130年の古民家の裏に、人がようやく歩ける幅の細道が山へと延びている。蛍光のベストと帽子を着けた山口貴子さん(49)が落ち葉を踏み、倒木をまたいで登る。

 数分後。竹の表面に何条かの擦り傷が見えた。「これ、イノシシが体をこすった跡。やつらは健脚。ほんっとたくましいから」

 落ち葉をかき分け、くくりわなのワイヤを仕掛け直しながらくすくす笑う。

 「自分がこんな世界にいるなんて」

 7、8年前まで、体を満足に動かせなかった。

    □  □

 高知市生まれで、小学6年で父の実家がある長崎県に転居。働きながら2級建築士の資格を取り、大阪に転居して設計事務所に勤めた。長崎時代に交際していた男性と結婚し、夫の東京への転勤に伴って事務所を辞めた直後だった。

 36歳。突然、体調を崩した。起き上がるのがとにかくつらい。ほぼ寝たきりになる中、夫が「高知で暮らそう」と提案した。夫婦で高知の海や川でよく遊んでおり、気に入っていた。

 高知市の不動産屋に紹介されたのが、香我美町で18年空いていた平屋。見た瞬間に「気持ちいい!」。即決して7年前に移り住んだ頃、夫は今度は高松市に勤務していた。

 平屋の隣に、築50年の離れ。さらに付いてきたのが「東京ドーム3個分の山とミカン畑!」。ここに平日は1人で住み、農薬や肥料を使わずにミカンやショウガ、原木シイタケを育てて交流サイト(SNS)で販売する。

 暮らし始めると、「畑も大工も山仕事も何でもできるおんちゃん」たちが何かと世話がってきた。「生きる力と生活の知恵を持ってる。ほんとかっこいい」

 2年後、おんちゃんたちに従い、わなの狩猟免許を取得。一緒に山に入り、暮らし方を一つ一つ身に付けた。「家庭菜園でもしようかなと思ってた。想像と違ってハード過ぎる」

    □  □

 山中で、自分の体ほどあるシカが掛かっていた。抵抗する姿に「命いただきますスイッチ」を入れる。つえ代わりの棒をこめかみに向けて振り下ろす。

 リュックから刃体20センチのナイフを出し、首に刺す。動かなくなると自宅へと引っ張り、庭でさばく。これが暴れ回るイノシシなら、おんちゃんに携帯電話で連絡すれば、猟銃を手に山を上がってきてくれる。

イノシシカレーの下ごしらえ。自家栽培のミカンを入れる

イノシシカレーの下ごしらえ。自家栽培のミカンを入れる

 移住後、リビングに据えた対面キッチン。冷蔵庫からシカの舌と肉を出し、フライパンで焼く。いろいろ試したが、臭みのない野生肉は塩こしょうがうまい。「一番はアナグマ。脂がとにかく甘い」

 自分で捕って、自分でさばいて血肉にする。「最近スーパーの肉が逆に食べられなくなって」。体も驚くほど動くようになった。

 わなを仕掛けたはるか奥に石垣が見える。かつてそこにも人の暮らしがあったのだろう。最近、自宅の庭にも獣がよく現れる。そのうちこの家も山のドームにのみ込まれるのでは? そんな感覚にとらわれる。

 「それまではここで循環させる暮らしをしたい」。命をかみしめながら。(報道部・山崎彩加)

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