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2023.02.15 08:47

高知独特の「地震鎮めのまじない」を知っているか 「カアカア」と念じ叫んだ祖父母たちの祈り…由来をたどる

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イラスト・松本康裕

イラスト・松本康裕

 東北は「マンザイラク」で、京都は「ヨナオシ」、沖縄では「キョウツカ」。そして高知で多いのは「カアカア」―。これ、何だと思います? 

 正解は、地震が起きた時に、早く鎮まることを願って人々が唱えてきた言葉。各地に多彩な文言が伝わり、高知では古くは1707年の宝永地震や1854年の安政地震に関する資料で、カアカアと発していたという記録が残る。

 昨夏から土佐清水市で始まった1946年の昭和南海地震の聞き取りでは、住民の祖父母世代が「コッコッ」と唱えていたという証言も。カアカアにコッコッ。まるでカラスやニワトリの鳴き声のような。

「カアカアは、念じて叫ぶ地震鎮めの言葉」と語る常光徹さん(高知新聞社)

「カアカアは、念じて叫ぶ地震鎮めの言葉」と語る常光徹さん(高知新聞社)

 「高知のカアカアは全国でも珍しいんですよ」

 そう指摘するのは、中土佐町出身で国立歴史民俗博物館(千葉県)の名誉教授、常光徹さん(74)。常光さんによると、いち早くカアカアに注目したのは「土佐民俗学の父」の故・桂井和雄さん(1907~89年)という。

 桂井さんも昭和地震に遭遇。激しい揺れによって電灯が消えた室内で、義母がしきりにカアカアと唱えたという。48年著の「土佐民俗記」で、今の黒潮町や高知市、南国市の例を挙げてカアカアは「各地で言われていた」と紹介している。

 高知ではなぜカアカアと伝わり、そこにどんな意味が込められているのか。常光さんと一緒に文献をたどると、いかにも高知らしい意味の変遷が浮かび上がってきた。

■鳥の鳴き声、犬呼ぶ説も

 カアカア、コッコッ、コウコウ―。古くは江戸時代から、高知の先人たちは地面がグラリと揺れるたび、こうした言葉を唱えて鎮まることを願ってきた。1946年の昭和南海地震でも、祖父母が「鳥の鳴きまね」をする姿を見たという高齢者の証言が寄せられている。1707年の宝永地震以降の文献にたびたび顔を出す「カアカア」。元をたどると、鳥ではなく、地形と関係が深いという。

■父母がもめる横で
 「大きい地震は初めてやったけん、このまじないは知らざった」

 昨年12月、土佐清水市下川口の女性(92)が76年前の昭和地震の記憶を振り返った。当時15歳。暗い室内が激しく揺れる中、祖母が「コッコッコッ」と発していた。「地震がきたら、鳥の鳴きまねをせないかんみたいやね」

 近くに住む男性(85)は当時8歳。揺れる家から外に出るか、室内にとどまるかで父と母の意見が対立する中、「祖母が鳥のまねをして部屋の中を回っていた」と話した。
 同市が昨夏から続ける昭和地震の聞き取りで、複数の生き証人がそう語っている。さらに、津野町北川の孝山寺が2019年に梼原町の住民から収集した話でも、似たような“鳴きまね”が続々と。

 「昭和地震の時、ばあさんがコウコウ叫んでいた」「カラスのように鳴いたらえいという話をお年寄りに聞いた」「地震の前にカラスが騒ぐ。カラスのように鳴かんと地震が収まらんと聞いた」

■水引けば津波・山崩れ 地震時の警告から派生か
 地震時の唱え文句を調べている、国立歴史民俗博物館の名誉教授、常光徹さん(74)=中土佐町出身=によると、民俗学界では、カアカアはカラスではなく、「川」から派生したとする説が通説という。

 「土佐弁では川をカアと発音しますよね。地震が起きたらまず川を見ろと。水が引いていれば、津波や山崩れの前兆だという警告が地域で広まったのでしょう」

 「土佐民俗学の父」と呼ばれた故・桂井和雄さんの著書「土佐民俗記」には、大豊町などではカアカアと言いながら川を見る習慣が紹介されている。「川に水がなくなれば、この世が終わると伝えられていた」という。

 つまり、川!川!がカアカア、コッコッへと変化したとする見方だ。

 ただ、常光さんは「青森県では地震後にカラスが鳴けば止まるという言い伝えがあった」とし、元から鳥の鳴きまねだった説も否定しない。さらに、コッコッについても、犬などを呼ぶ際の「来(こ)よ、来(こ)よ」の派生ではないかと見る。

 宝永地震の文献には、地震時に人々が「異口同音に犬を呼んだ」という記述がある。土佐清水市の下川口村誌にも、「犬を鳴かしむれば地震やむと言う故(ゆえ) コツコツは犬を呼ぶ為なりとも言う」とある。

 土佐民話の第一人者、市原麟一郎さんが編んだ「南海大震災の記録―裂けた大地」には、多数のカアカア証言とともに、「キジが鳴くと地震が収まるのでキジを鳴かせるために犬をけしかけた」とする宿毛市の男性の話が載っている。

 常光さんは「犬は魔よけとして古くから信仰されてきた。魔を払う、地震を払うという意味で関連があるかもしれません」と言う。

■見えない力に
 常光さんの著書や文献によると、唱え文句は地域によって違いがある=表参照。

 東北などに残るマンザイラクは、雅楽の舞の一つで事態を転換させる意味を込めた「万歳楽」から。京都のヨナオシは「世直し」、沖縄や南九州のキョウツカは、京都には将軍塚(古墳)があるため地震が起きないという俗信から派生したとされるという。

 おまじないのような言葉は、現代のように、地下の岩盤に力がたまり、耐えられずにずれて…という地震発生のメカニズムが未解明だった時代に生まれた。

 「得体(えたい)の知れない力が引き起こす災いに、何とか太刀打ちしようと唱えていたはずです。南海トラフ地震が繰り返し起きるたび、おまじないは時を経てよみがえっている」と常光さんは言う。

 今なお分からないことが多い地震。唱え文句を知る世代もごくわずかになった。(山崎彩加)

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