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2022.08.19 08:20

兆民に金を借りる―美しき座標 平民社を巡る人々 第6部「新しい人よ」(23)

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岸田俊子は書画にも大変秀でていた。亡くなる5年前、1896(明治29)年の「松竹梅」三幅対(高知市一宮の歯科医、島崎誠さん所蔵)

岸田俊子は書画にも大変秀でていた。亡くなる5年前、1896(明治29)年の「松竹梅」三幅対(高知市一宮の歯科医、島崎誠さん所蔵)

 岸田俊子が病で亡くなったのは1901(明治34)年5月。生年に諸説あるが、長くてもまだ40歳だった。仲が良かった夫の中島信行は、その2年前に他界していた。

 この01年12月、東京・新宿の角筈(つのはず)に住んでいた福田英子の隣家に、万朝報(よろずちょうほう)の記者、堺利彦が引っ越してきている。英子は堺と交流する中で、彼の語る社会主義、非戦論に触れていった。

 同月は、足尾銅山の鉱毒被害者のために奔走する田中正造が天皇直訴に失敗したり、民権思想家の中江兆民が亡くなったり、いろいろな出来事が相次いでいる。かつて自由民権運動に加わった英子は、その報道などに刺激を受け、改めて社会のありようを考えさせられたに違いない。

 内縁の夫だった自由党の大井憲太郎と、決別してちょうど10年がたっていた。この間、英子は結婚して景山姓から福田姓となり、3人の子を産んでいる。

 夫の福田友作は、英子と同い年。栃木県の大きな蚕種(さんしゅ)問屋の長男で、米国のミシガン大学を卒業していた。自由民権運動にも関わり、帰国後に英子と知り合っている。自由平等思想の人だったが、実家とのあつれきや経済的な貧しさに後半生を苦しめられた。万朝報に勤めるなどしたが長くは続かず、貧困に次第に追い詰められたようだ。

 英子と友作が結婚して間もない頃から福田家に寄宿していた石川三四郎が、実家の助けを失い、貧しくなっていく一家の様子を記憶している。〈金持ちの息子さんの悲しさで、貧乏骨髄に達しながらも、最後には生家の方からどうにかしてくれるだろうという依頼心が無意識に潜んでいたのでしょう。ただ不平不満でその日その日を送るというありさまでした〉(石川『自叙伝』、以下同)

 〈明治二十七年の大晦日(みそか)にはお正月の餅を近所の餅屋に注文したが、その餅代が調達出来ないで、折角(せっかく)持って来た餅をまた持ち帰られてしまいました〉

 この時は偶然様子を見に訪れた石川の父が心配して50円を出してくれ、正月の酒と餅を買い直したという。〈しかし焼け石に水であったことは当然です。私の新調の羽織と袴(はかま)も、永くは手許(てもと)に留(とど)まらず、質屋の縄に縛られて、お倉の奥に幽囚されてしまいました〉

 中江兆民の家にも、石川は金を借りに行かされた。〈わずか四、五円の金でしたが、その当時の中江家も非常に貧困を極めていたので平気ではいられませんでした〉

 借金を返す元手は、誰かに借りた金。夏に蚊帳がなく、知人の紹介で蚊帳2張を借りた帰りに、1張を質に入れて米を買うような暮らしだった。当然夫婦の間でけんかも起き、そのたびに石川が止めに入っている。

 やがて友作は体を病み、00(明治33)年4月に35歳で亡くなった。堺が隣に引っ越してくる前年のことだ。これからどう生きるのか、英子は日々考えていたことだろう。

 ◇ 

 そんな英子の様子を見つめていた石川。そもそも彼が福田家に寄宿したきっかけは、埼玉の石川の実家が自由党系で、同党系の人に上京を誘われたからだった。彼らが共同生活をしている麻布の家に寄宿した石川は、こう書いている。

 〈何だか穴のようなところで『寂しい家だな』と思って、嫌になったことを覚えています。その穴の底のような我善坊町の家に第一期の衆議院議長であった中島信行さんが書生さんを連れて訪問してきたので、当時ホヤホヤの田舎者であった私は驚きました。何しろ中島信行と言えば当時の新聞にはデカデカと書かれる名士なのですから、その人が薄暗い露路の小さな家を訪問したので田舎者の私は驚いたのです〉。「土佐派の裏切り」後の自由党内の抗争で暴力沙汰になり、ずたずたに服を引き裂かれ、包帯を巻いて、芸者の女性たちに手当てを受ける同居人の姿も石川は目撃している。中島と妻の俊子は、この共同生活者たちの面倒を見ていたらしい。

 やがてこの共同生活は解散になり、行き場を失った石川のために紹介されたのが、友作だった。

 そして石川は、友作の死の2年後、英子や堺のつてで万朝報に入り、記者となる。堺や盟友の幸徳秋水が同紙を辞めて平民新聞を創刊すると、石川は合流して中心メンバーとなり、英子も関わるようになったのだから、人の巡り合いというのは面白い。

 =引用は現代仮名遣いに一部修正(学芸部・天野弘幹)

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