2022.04.24 08:41
牧野標本に平和の願い 博士生誕160年「植物愛せば争いない」15Kカメラで魅力再発見

1億5千万画素のデジタルカメラを使って牧野博士の植物標本を撮影する菅原一剛さん (2021年11月、県立牧野植物園)
昨年11月のことでした。高知市五台山の県立牧野植物園の一室に、収蔵庫から取り出された41点の植物標本が並びました。牧野富太郎博士が採取した植物の標本です。一般には公開されていない貴重な史料です。
写真家の菅原一剛さんによる標本の撮影が進んでいました。強い光のフラッシュが瞬き、デジタルカメラのシャッター音が響きます。使われているのは、デンマークの会社が開発した世界最高水準の1億5千万画素(15K)を誇る特別なデジタルカメラです。およそ600万円もするそうです。
撮影された画像は、すぐにパソコンの画面に映し出されました。
「おお…」「すごいね、これは」「立体的に見える」「まだ植物が生きているよう」
同園の研究員からも、その高精細な画像に感嘆の声が上がりました。

牧野博士が採取したセンダイヨシノの植物標本(1939年)の実物。それぞれのパーツがテープで固定されている。ラッピングに使われた作品ではデジタル処理でテープなどを消した
標本は植物研究の基礎となる史料です。植物の分類・名前、誰がいつ、どこで採取したのか。それらが明記された「実物」の証拠なのです。牧野博士は94年の生涯で、実に40万点の標本を収集しました。これら実物証拠を基に、1500種類に及ぶ植物に命名もしました。標本は植物分類学者にとって「命」そのものだと博士は言っています。
菅原さんは若い頃に、桃井かおり、秋吉久美子、藤原紀香ら多数の俳優のポートレートも手掛けていました。それらは芸術的にも高く評価され、俳優自身からも称賛されてきました。今回、菅原さんはまるで「ポートレート」のように植物標本を撮影したと言います。
「写真館なんかでは、多方向から強い光を当てて人物を撮影しますよね。そうすることで立体的に見えるんです。植物標本は完全な平面ではないですよね。そのわずかに立体的なものに、斜めから強い光をバーンと当てて撮影する。植物のポートレートなんです。ただ植物標本をデジタルカメラで複写しているわけではないんです」
この菅原さんの写真作品を植物研究者たちは、どんなふうに見ているのでしょう。薬学博士で牧野植物園の川原信夫園長は言います。
「すごいですね。植物標本に立体感がある。非常に感銘を受けました。高性能なデジタルカメラという現代の技術によって、新たな発見があり、そして芸術にまで高まっている。エキサイティングなものを感じました」
植物分類学者で同園の藤川和美研究員は、ラッピングに使われたセンダイヨシノの標本を、こんなふうに見ています。
「牧野博士が自宅庭で採取した桜なのですが、なんかこう無邪気に標本にしたように思えるんです。ああ今年も桜が咲いたなあ、と。でも標本のタイミングとしてはどんぴしゃで、咲いている花と咲き始めの花がちゃんとあるんですね。もちろん標本は学術史料ではあるけれども、こんなふうに、多くの人にもっと見られることで社会的な価値が増す。今回の試みはそのチャンスだと思いました」(メディア企画部・竹内一)