2008.02.18 08:00
『本城直季 おもちゃな高知』小さなシンデレラ
二年生のさっちゃん(8)=仮名=が一番好きなお話は、シンデレラです。
お母さんやお姉ちゃんと、今の町に引っ越してきたのが2年前。そのころ、保育園にあった絵本を読んで知りました。
むかし、むかしとても優しい娘がいました。いじわるな継母らにいじめられていましたが、ある日、妖精のおかげで、お城の舞踏会に行くことができました。妖精が魔法を掛けて、カボチャを金の馬車に、ネズミを白馬に変え、美しいドレスやガラスの靴を用意してくれたのです。ただし午前零時までに家へ戻らないと、魔法は消えるという約束で――。
日曜日の小学校に、縄跳びの練習にやって来ていたさっちゃん。砂場でシンデレラについて話していると、青空から冷たい風が髪を揺らしていきます。この日、仲良しの友達は家族で出掛けていて、さっちゃんのお母さんは、いつものように仕事なのでした。
午前零時に消える魔法。シンデレラは慌てて帰るうち、靴が片方脱げてしまいます。王子様はその靴をもとにシンデレラを探しだし、2人は幸せに結ばれました。めでたし、めでたし。「幸せになるき、このお話好き。シンデレラみたいになりたい。お城で暮らしてみたい」とさっちゃん。
もし、さっちゃんがお城で暮らしたら――。朝起きたら顔を洗って、お母さんとお姉ちゃんと妹と、ごはんを食べます。歯を磨いて、髪をといて、庭の花に水をあげます。大好きな紫と赤のパンジーです。それから、お城の外に洗濯物を干します。クローゼットは洋服でいっぱいにして、大きな自分の部屋ができたらベッドを置きます。
だけど、このお城にお父さんの姿はありません。さっちゃんは「おらんき、えいが」と言います。
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お父さんとお母さんが、離婚したのは2年前でした。小さいころ、動物園のアシカの前で、お父さんと2人で撮った写真が、さっちゃんの手元に残りました。今でも高知市のスーパーに買い物に行くと、時々お父さんに会います。
「久しぶりやね」とお父さんは言い、「本当やねー」とさっちゃんは答えるのだそうです。
その時、お父さんは本当にうれしそうな顔をする。そう言って、さっちゃんは再現してみせるように、にんまり。
その視線の向こう、小さな山に、おもちゃみたいな洋風のお城が見えています。お父さんと写真を撮った動物園もそばにあります。このごろ学校で意地悪をされ、「また引っ越したい。高知へ」と、ふっと、こぼすさっちゃん。
魔法のない世界にいて、お母さんは優しく、仕事のない時間は一緒にゲームで遊んだり外へ連れ出してくれます。校舎のでっかい時計を見上げたさっちゃん。
「今日はね、1時半から借りてきたDVDを一緒に見るの。約束してたんだー。またねー」
そう言って小さな自転車にまたがると青空の下、さーっと走りだしました。(野村圭)