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2007.07.30 08:00

『本城直季 おもちゃな高知』小さな土佐湾を巡る

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高知市御畳瀬


 海から届く潮の香りが鼻孔をくすぐる。見上げると、真っ青な空にメロンパンのような白い雲がふわふわと漂っていた。気温は30度を超えているだろうか。玉のように噴き出す額の汗をぬぐいながら、数日前に漁港で出会った男性の言葉を思い出していた。
 
 「御畳瀬はね、高知県の縮図。港が土佐湾やろ、後ろに背負うちゅう山は四国山地」。写真を見て驚いた。なるほど、似ている。「小さな高知、御畳瀬」には、どんな人々が生きているのだろう。歩いてみようと思った――。
 
 海岸沿いに並ぶ家々に人の姿を探した。白いカーテンが風にそよぐ。家の前に立ち止まり、声を掛けてみるが返事はない。静まり返った町を歩いていると、ある家の軒先から明るい話し声が聞こえた。
 
 力強い羽音を立てながら扇風機が回る。網の上に並べられたヒメイチたちがジリジリと体を乾かしているその家は、町にただ一軒の魚屋だった。
 
 「暑いろうがね、入りなさいや」。穏やかな優しい声が響いた。中をのぞくと、畳一畳分ほどの板の上に、約10センチの大きさのヒメイチやイトヨリの子どもが山のように積み上げられていた。包丁を手に、小魚の頭を手際よくそぎ落とし、はらわたを取る女性がいた。
 
 昭和30年ごろ、この魚屋に嫁いできた政恵さん(75)。当時“主流”のお見合い結婚だった。結婚後、しばらくして、魚屋の手伝いを始めた。見よう見まねで魚のさばき方を覚え、帳面の付け方を習ったという。
 
 魚屋の思い出を尋ねると、「昔のことはね、もう忘れてしもうた」と含み笑い。仕事場の隅に向かい、タンス代わりに使っている冷蔵庫の中から紙でできた箱を大切そうに取り出した。
 
 そっとふたを開けてみた。数年前の冬のある日、政恵さんがご主人と一緒に、家の軒先で魚を干している写真が入っていた。作業の手を休め、政恵さんがふふっと笑う。「主人は優しい人やったき。お嫁にきて、よかったねえ」
 
 この町に生きて、50年。店の前には、政恵さんの背丈の倍以上にもなる堤防ができた。「今は、年寄りばっかりになってしもうた。漁師も60歳ばあの人がほとんど。船の数も、魚も減った。若いもんは町を出て、おらんなった」
 
 活気にあふれ、人々がにぎやかに行き交ったあのころ。7月、夏祭りの季節が訪れると家の軒先にはちょうちんが揺れ、小さな子どもたちの手を引く若い夫婦の姿があった。
 
 「主人はおととし亡くなってね。でも、町の人は、みな知っちゅうなれ合いやき、ようしてくれる。ずっと、ここで暮らしてきたき。町には思い出がいっぱいあるがよ」と政恵さんは言う。
 
 夕暮れ時―。漁師たちが漁の準備を始めた。「今日も、暑いねえ」。年老いた人々は堤防沿いのいすに腰掛けると、海の向こうに昔の面影を重ねる。海から生暖かい風が吹いた。潮の香りがツンと鼻を突き抜けた。(横山仁美)

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