2017.02.14 08:10
大流通を追って 消えないカツオ(9)自分は地物が一番やね
高岡郡中土佐町久礼の鮮魚移動販売業、市川健一さん(71)の顧客は、そんな家がほとんどになった。
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「『4時ごろには市場へ行く?』って聞かれるけど、ばか言いな。そんな時間じゃ、いい魚ないぜ」
市川さんが高知市弘化台の卸売市場に着くのは午前1時。産地から届く魚を待ち、自分の目で選び、仲卸業者を通じて仕入れる。8月初旬の蒸し暑い明け方も、場内の仲卸「丸竹商店」の店先で黙々と包丁を動かした。裸電球がぬれたコンクリート床とまな板をオレンジ色に染め、てらてらと光らせていた。
「自分はやっぱり地物が一番やね。カツオは赤色が強うないといかん。脂ものは、特に今日みたいに湿気の多い日は色が変わる。そしたらもう、売りとうなくなる」
市川さんが扱うのは7割が高知県産、残りは値段や品質に応じて県外産を仕入れる。
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旧満州から1歳で引き揚げ、地元の久礼中学校を卒業してカツオ一本釣り船に乗った。石炭などの運搬船に乗った時期もある。鮮魚の移動販売を始めたのは30年ほど前だった。
「漁師と違って休めると思った。人間が“ごくどー”(怠け者)やき」
魚を運んで売るのは月、火、木、土の週4日。親類がいた高岡郡四万十町の松葉川地区を突破口に、顧客を増やした。まだ大家族も多く、よく売れた。
当時、鮮魚の「行商」の先輩はたくさんいたが高齢化で廃業が相次ぎ、現在、久礼では
市川さん1人。県全体の自動車による鮮魚販売の許可件数は、2002年度の178件から77件に減った。
「サバが欲しかったけど、なかった。おすしを作りたいと待ってくれているお客さんがいるのに」
市場で魚を仕入れる際、市川さんの頭にはお得意さんの顔と好みが浮かんでいる。
晩酌にカツオが欠かせぬ男性。カツオは皮付きでないといけない家庭。イカの煮物を弁当に入れるのが好きな女性…。
高齢のなっちゃんの家に行って留守の時は、土間の台所の冷蔵庫に魚を入れ、机の上のトレイから代金を取っていく。
92歳の女性の家の台所には、市川さん専用のインスタントコーヒーとカップがある。魚を渡して座り、自分で入れて飲みながら、ベッドから身を起こした女性と話す。
いつも両替をする松葉川郵便局にも必ず買う女性職員が1人。「『にこにこおじさんの魚屋さん』って、ここでは有名。ここのを食べだしたらね、もう舌が肥えてきて」
最近、魚を手に入った民家で高齢者が倒れているのを見つけ、救急車を呼んだ。
「自分も年がいった。お得意さんも年寄りばかりよ。あと何年やれるか…」
刺し身にすれば10切れほどにもなる市川さんのカツオは1パック500円。「健いっちゃん、きょうは何がうまい?」「シイラと、カツオじゃ」