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2024.04.17 07:00

【3分間の聴・読・観!(21)】微少な単位にひそむ喜び  ゆったりと感性を広げよう

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 世に「◯◯耳」というものがある。主に外国語のヒアリング力が上がることを指すのだが、ずっと聞き続けているうちに音が区別できるようになり、単語のまとまりが聞き分けられ、意味が付いてくる。等し並みに感じていた音が、実は微少な単位で意味を持っていると気付く喜び。同様の楽しみが得られる1冊がマイク・モラスキー「ピアノトリオ」である。


 「戦後日本のジャズ文化」「ジャズ喫茶論」で知られるモラスキーは昨秋、大著「ジャズピアノ」でこの音楽ジャンルにおけるピアノの魅力を著した。「ピアノトリオ」は手軽な新書で、まだ「ジャズ耳」になっていない人も手に取りやすい。


 私は中学生の時に近所のジャズ喫茶店主から使い古しのLPをもらって聴き始めたのだが、当時はテーマ→アドリブ→テーマと展開すること以外は、格好いいけれども何が起きているのか分からなかった。


 そのころに刊行された入門書を読んで、同じ曲を1回目はピアノ、2回目はベース、3回目はドラムスなど楽器ごとに集中して聴くことを覚えてからは、どんどん面白くなっていった。それでも針を落とすレコードやカセットテープでは、細部を何度も再生するのはなかなか面倒。もちろん、その手間がいいという気分もよく分かる。


 音の好みや聴き方のスタイルはさておき、スマホやパソコンで音楽を聴く時代になり、曲を秒単位で繰り返すことは簡単になった。


 「ピアノトリオ」では、バド・パウエル、デューク・エリントン、キース・ジャレットらの名盤や、まだそれほど知られていない20代の奏者らを取り上げ、モダンジャズの要であるピアノトリオの聴き方、そして深く分け入るための道筋を具体的に教えている。


 バド・パウエルのアルバム「ジャズ・ジャイアント」収録のスタンダード曲「オール・ゴッズ・チルン・ガット・リズム」。著者は「演奏全体は三分余り、即興の部分は0:30ー2:46である」と見取り図を示した上で、「読者には五回繰り返して聴いてもらいたい」と勧める。即興部分を計10分ほど聴けば、バウエルへの理解、新たな聴き方のコツまで身に着くというのだ。


 1回目は曲全体、2回目は鍵盤の低音域、3回目は右手の即興での休符の箇所、4回目は旋律が上がるか下がるか、そして5回目はアクセントのつけ方。これだけ分解してパーツを愛(め)でると、メロディーとリズム以外に、各楽器の音の硬軟、湿り具合なども感じられる気がする。なるほど、こういった聴き方なら楽器ごとに聞き分ける以上の質感を発見することもできそうで楽しい。


 トミー・フラナガンの「オーヴァーシーズ」冒頭の「リラクシン・アット・カマリロ」では、聴きどころの時間の指定が「(0:20-0:21;0:26-0:29)」となっている。つまり曲が始まってからの「この1秒!」「ここの3秒!」といった単位で鮮やかなコードの登場を指し示す。


 私はこのフラナガンの演奏が大好きで、長年、この部分のノリのよさは感じていたが、こうやって瞬間に集中する聴き方は新鮮に感じる。ウィントン・ケリー、アーマッド・ジャマル、レイ・ブライアント…ここでは書き切れないので、後は本書に譲りたい。愉快な本だ。


 ふだんは全体をぼうっと見聞きしていても、細部に気が付くと豊かな感情を抱くことができると教えてくれる本をもう一冊。倉嶋厚、原田稔編著「雨のことば辞典」は、日本語で雨を表す言葉、雨にまつわる言葉を五十音順に並べている。


 「雨性」(あめしょう、雨に降られやすい人をいう)、「軽雨」(けいう、春の雨の呼び名、雨脚が細く、かすかに降る)、「沙乱」(さらん、梅雨時の荒れ模様の風雨)、「時雨心地」(しぐれごこち、時雨が降りそうな空模様。涙を流すような気持ち)、など、降る雨を見上げながら名付けたセンスがいい。


 不特定多数が視聴する日々の気象情報なら「にわか雨」「小降り」「ゲリラ豪雨」といった限られた意味の言葉を選ばざるを得ないだろうが、やはりここはゆったりと感性を広げる表現を身に付けたい。


 物事は細部が分かれば格段に理解が進み身近になる。友だちが増えるようなものと言ってもいい。建物でも料理でも日の光でも、あらゆるものに当てはめたくなる。(杉本新・共同通信記者)



【今回の作品リスト】


▽「ピアノトリオ」(マイク・モラスキー著)


▽「雨のことば辞典」(倉嶋厚、原田稔編著)



すぎもと・あらた 文化部を経て編集委員室所属

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