2023.10.20 11:03
【速報】やなせたかしさんと妻 NHK朝ドラのモデルに 2025年春放送の「あんぱん」

アンパンマンなどさまざまなキャラクターを生み出したやなせたかしさん(2010年)
国民的キャラクター「アンパンマン」の生みの親で、高知県出身の漫画家、故やなせたかしさんと妻をモデルにした連続テレビ小説「あんぱん」を2025年春から放送する、とNHKが20日発表した。脚本は朝ドラ「花子とアン」や大河ドラマ「西郷どん」を手掛けた中園ミホさん。
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当初は「残酷」と批判―アンパンマン誕生50年(1)

やなせさんと妻、暢さん(1950年代後半=やなせスタジオ提供)
戦争によって柳井は弟を亡くし、のぶも最愛の人を失った。2人は故郷の高知新聞社に勤めた後、上京。柳井は漫画家になりたい夢がありながらも、なかなかかなわない。貧乏の中でも2人は喜びを見出しながら暮らしていく。
さまざまな仕事をしていく中で、柳井が生み出した「アンパンマン」というキャラクターは70歳を超えて大人気となる。
脚本を書く中園さんは「暢さんは持ち前の行動力と飽くなき好奇心で、さまざまな職場を渡り歩き、手塚治虫、赤塚不二夫、いずみたく、向田邦子、青島幸男…等々、才能豊かで個性的な人たちと出会い、関わり合いながら、ちょっと気が弱くて自信のないやなせさんを励まし続けます。やなせさんの才能がいつか必ず開花することを信じていたパートナーの存在がなかったら、アンパンマンがこの世に誕生することもなかったかもしれません」とコメントしている。
25年は戦後80年。NHKは「あらゆる職業を転々としながら定まらない人生を送っていた、遅咲きの漫画家・やなせたかしが70歳にして生きる喜びを書いたアンパンマンのマーチの歌詞を生み出した背景には、戦前・戦中・戦後と激動の時代を、ちょっと気が弱くて自信のないたかしと共に生き、けん引し続けた『ハチキンおのぶ』の存在があった。生きる意味も失っていた苦悩の日々と、それでも夢を忘れなかった二人の人生。何者でもなかった二人があらゆる荒波を乗り越え、“逆転しない正義”を体現したアンパンマンにたどり着くまでを描き、生きる喜びが全身から湧いてくるような愛と勇気の物語をお届けします」としている。

真剣な表情で仕事に没頭するやなせさん(2004年)
田辺製薬に入るが、40年に徴兵され中国戦線へ。終戦後の46年、高知新聞社に入社。「月刊高知」の編集に携わり、妻となる暢さんと出会う。翌年上京し、三越宣伝部へ。同社包装紙のレタリングを手掛けた。社内報に漫画を描き、新聞・雑誌にも盛んに投稿した。
53年に三越を退社、漫画家として独立する。横山隆一さんらを中心とする「漫画集団」に加入。マルチな才能を生かし放送作家、作詞家としても活躍。作詞した「手のひらを太陽に」(61年)が大ヒットした。
詩集や絵本も多数出版。73年には雑誌「詩とメルヘン」を立ち上げ、30年間編集長を務めた。同年出版した絵本に「あんぱんまん」を掲載。子どもたちの絶大な評価を受け、多くの絵本を発表した。
アンパンマンは88年にアニメ化、翌89年には映画化された。海外でも多くのファンに親しまれ、現在に至るまで毎年公開される人気シリーズに。

「まんが甲子園」の審査員を務めるやなせさん。やなせさんの左はちばてつやさん(2010年)