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2023.09.15 16:09

【インタビュー】「氷の城壁」阿賀沢紅茶さん 傑作リスト入り間違いなし 定型覆す対等な少女漫画 

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 「氷の城壁」1巻の表紙<(C)阿賀沢紅茶/集英社>

※後段に一問一答があります。



 電子漫画としての連載が完結後、大きな話題となっている作品がある。阿賀沢紅茶さんのデビュー作「氷の城壁」。誰しもが経験した思春期の、その心の葛藤をきめ細かく描き、読者に追体験させる長編だ。集英社から紙での書籍化が始まり「ほそぼそと描いていたので、実際に本屋に並んでいるのを見ると、こんなことってあるんだなという気持ちです」と笑う。


 主人公の小雪は高校1年生。中学での嫌な体験から、高校では周囲に壁をつくって過ごしていた。幼なじみの美姫が唯一の友人だったが、ある日、小雪がふと鏡を見ていると、同学年の男子高校生の湊と陽太が話しかけてくる。内省的な性格の小雪と、明るい美姫、人懐こい湊、優しい陽太。4人の異なる個性の裏には、それぞれの心の葛藤があった…。


 つぶさに描くのは、登場人物たちが、他者ではなく自身の考え方の悪い部分に気付くという展開だ。阿賀沢さんは「人とつながろうとか、人を大事にしようと思ったら、どこかで自分を見直さなきゃいけない。まず自分が大丈夫な状態じゃないと、人間関係はうまくいかないと思う」と話す。


 「氷の城壁」の特長は他にも。少女漫画の定型と異なり、4人が「対等」な立場で友情や恋愛感情を育んでいく点だ。


 「憧れの男の人と付き合って、生活が好転していくという物語がよくあるけど、それって『別れたらまた元に戻るの?』って、読んでいてすごく気になっていた。お互いが対等な感じが、幸せを長続きさせるんじゃないかって思います」


 元々、仕事の合間に趣味で描いていた作品。「私は負の感情を描いたものが好きなんですが、暗くなり過ぎたら読んでもらえない気がして」、シリアスな物語の中にユーモラスな描写をちりばめた。現在、漫画誌アプリ「少年ジャンプ+」に連載中の「正反対な君と僕」は、そのユーモアのセンスを生かした一作だ。「どちらも、ふっと気持ちが楽になる読者が1人でもいればいいなっていう気持ちで描いています」


(共同通信=川村敦)



※ここから、阿賀沢紅茶さんインタビューの一問一答をお送りします。(※ネタバレ含みます)



 Q 執筆のきっかけを教えてください。


 A 2017年ごろに、趣味で描き始めました。当時、よく読んでいた電子漫画のアプリがあって、そこに誰でも投稿できるインディーズの枠があったんです。そこで「冬の恋愛漫画」みたいなお題で作品を募集していた時があって、本当になんとなく、応募してみようかなと思いました。そこで生まれたのが『氷の城壁』です。



 Q ふと思ったにしては、あまりに美しくまとまった物語です。


 A 3話ぐらい描いたところで、何も考えていないままだと続きが描けないということに気付きました(笑)。そこでいったん、最後まで話をちゃんと考えたんです。素人っぽい、行き当たりばったりな感じで。仕事では絶対やっちゃいけない順序なんですけど。登場人物たちの過去のシーンを入れたかったので、中学ではこういうことがあって、高校ではこういうことがあって…と、時系列で出来事を箇条書きにしました。趣味で描いていたので、次の話の更新に2カ月くらいかかっていました。



 Q 2020年からは「LINEマンガ」で公式連載となり、連載中も、連載終了後も、大きな話題となりました。


 A 連載が終わって1年ぐらいたってから、さらに読んでもらえだした感じで、書籍化も決まって、書店に並び出すみたいな、自分が読んでいた漫画作品では見たことがない流れだったので、本当にこんなことってあるんだなと感じました。



 Q 人と接するのが苦手な高校1年生の小雪が主人公です。高校での唯一の友人が、幼なじみの美姫で、ふとしたことから同学年で人懐こい男子高校生・湊と、心優しい陽太と出会い、4人が親密になっていく…という物語です。それぞれ個性的なキャラクターですね。


 A 実は『氷の城壁』より前に描こうとしていた別の話があったんです。この4人は登場人物としてその時に誕生していました。だいぶ前のことですので、その話がどんな内容だったかは記憶がなくなっているんですけど…。当時は、こういう子がいたときに、近くにこういう人がいたら面白いみたいな感じで、バランスを組んだと思います。うろ覚えですけど。



 Q 4人にモデルはいるのでしょうか。


 A それは連載中もよく聞かれました。特定のモデルがいるというより、こういうタイプの人ってこういう考え方するよねっていう要素を組み合わせて、イメージを固めていきました。実在の人からちょっとずつ何かもらったりして、キメラみたいな感じになっています。



 Q 小雪が湊に対する恋愛感情を自覚していくにつれて、小雪の表情が柔らかくなっていきます。これは意識して描かれたのでしょうか。


 A 最初はツンツンして見えるように、きつめに描いたので、結果的に柔らかくなっていきましたね。



 Q 小雪が湊のことを「かっこいい」ではなく、「かわいい」と表現することが多いのが特徴的ですね。


 A “かっこいい”って、恋愛感情じゃなかったとしても、ちょっと自分より上な感じ、憧れに近い感じなのかなと思っていて。小雪と湊はもうちょっと近いところにいて、“かわいいね”というイメージでした。“かっこいい”で憧れて付き合うのがよくないというわけではなくて、この漫画では、“かわいい”の方がしっくりくると思いました。



 Q しかし、憧れの人とカップルになるという展開が、少女漫画の王道のように思います。他方、『氷の城壁』では、何度も「対等」という文字を目にします。


 A 今はそればっかりじゃないかもしれないですけど、すごく高みにいる存在の男の人に憧れて、それによって自分の生活が好転していくみたいな物語は、たしかに少女漫画の王道としてあったように思います。それって読者サービスだと思うんです。主人公が周りからうらやましがられるわけですから、読んでいて気持ちがいいですし。でも自分にはあんまり合わなかったというか。その男の人と別れたら、また元に戻るの?とすごく気になっちゃうんです。どちらかにうまみが偏りすぎる関係は、ちょっと…。お互いが同じくらいの感じが、幸せを長続きさせるのに一番いいんじゃないかなと思うんです。



 Q 『氷の城壁』は、小雪たちの恋愛を描きながらも、友情の大切さを非常に重視しています。恋愛を「お弁当のトマト的な なくても凹(へこ)まないけどあるとあざやか」と評する場面もあります。これは阿賀沢さんのお考えでもある?


 A そうですね。



 Q 恋愛漫画で、こういう主張をするっていうのも、新しいなと思ったのですが。


 A 主張をしたかったわけではなくて、純粋に書いていったらそうなっていました。でも例えば、恋愛しているときに、恋愛相手以外の友達と急に疎遠になるのは、現実だとちょっと見ていてバランスが悪いんじゃないかなと思うから、友達もいて、好きな人もいる人が、やっぱり幸せだと思っています。



 Q 美姫が、自身のクラスメートと仲たがいしてしまい、小雪に相談するシーンも印象的です。結局、美姫は「やっぱり私 人が好き」と言って和解に動き出し、小雪をあぜんとさせました。


 A “主人公サイドを苦しめたから、もうこの子たちは切っていい”みたいな一方的な感じで描きたくなかったのと、美姫ならこう言うだろうなって思ったんです。あと、小雪と美姫の性格が対極にあって、小雪は言葉にしてストレートに言うけど、だからといって“小雪が主人公だからいつでも小雪が全部正しい”みたいな存在にしたくなかったというのもあります。



 Q 恋敵は登場しても、絶対的な悪人が登場しない。これもこの作品の特長です。


 A そうですね。漫画に出てくる主人公って、例えば家庭環境に悩んでいても、もっともっとドロドロしていて、もっとかわいそうな目に遭っていて、読んでいる人の誰が見てもかわいそうで、登場人物も悪い人は本当に悪くて…みたいなイメージがあるんですけど、実際の悩みって、自分にも悪い部分があるし、相手にも良いところがあったりするわけじゃないですか。だから、本当に説明しにくいようなものが多い。この作品はそのモヤモヤした、地味な部分を掘り下げていて、それで何かふっと、楽になる人がいればいいなって気持ちで描いていました。大体の人は、読んだ時に「この子たちは何でこんなことで悩んでるの?」となるだろうなって思っていました。



 Q 紙の書籍の『氷の城壁』2巻の帯には、テレビプロデューサーの佐久間宣行さんも推薦コメントを寄せています。私を含め、男性にも広く読まれていますが。


 A 結構びっくりしています。自分の同級生や身近にいる男性には、『刃牙』シリーズや『キングダム』が好きな人しかいないから(笑)。もともと、この作品は縦スクロールのウェブ漫画で、広く読まれてくれ!とも思わないぐらいほそぼそとやっていたので、想像もしていなかったです。



 Q 心に響く理由として、この作品が、人と人のつながりを描いているからだと思いました。新型コロナウイルス禍で、人間関係が希薄になったことも関係しているのでは、とも考えたのですが、いかがでしょうか。


 A 人とのつながりこそ大事、というよりは、人を大事にしようと思ったら、どこかで自分を見直さなきゃいけないターン(順番)が来るから、まずは自分で自分を「大丈夫」にしてあげないとね、って感じでしょうか。そうじゃないと人間関係がうまくいかないと思うので。自分のいろんな癖って、人から指摘されてもすぐには直せないし、変われない。やっぱり自覚して直さないと相当難しいですから。



 Q そして、『氷の城壁』を象徴しているのが、シリアスな展開が続く全編を貫く、ユーモラスな描写です。このバランスには工夫が凝らされているように思います。


 A 私は結構、負の感情を描いたものの方が好きなので、ついシリアスに寄ってしまいがちなのですが、ユーモアを一切排除してシリアスな展開にしたら読んでいられない気がしたので、ちょっとこう、卵とじにして食べやすくするイメージでちょこちょこ入れていました(笑)。私は子どもの頃、少女漫画より少年漫画を読むことが多かったんですが、少年漫画でシリアスなバトル展開になる前の、連載初期の頃によくあるコメディーやギャグっぽい描写の方が好きだったんです。だから、そういう感じが自分の好みだったっていうのはあると思います。



 Q どういう作品が好みだったんですか?


 A 『魔法陣グルグル』とか、ちっちゃい時に何回も読んでいました。あの丸っこい絵の感じとか、いい雰囲気になったら変な妖精がちゃかす感じとか、自分の中に残っている気がします。



 Q 現在、漫画誌アプリ「少年ジャンプ+」(集英社刊)で連載中の『正反対な君と僕』も重版が続いています。こちらはユーモアに寄せた作品ですね。


 A 『氷の城壁』という長編の物語を始めて、完走させてもらったので、そこで読まれにくかった部分をつぶしていこうと思って。ほっこりした感じとか、ラブラブなカップルが読みたいってよく言われていたので、じゃあもうそっち行っちゃおうみたいな感じで、読みやすい、気楽に開きやすい作品を目指して始めてみました。でもそうすると、ちょっとふざけていないと、自分で描いていて甘過ぎて耐えられないって感じです(笑)。


(共同通信=川村敦)

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