2023.09.04 08:36
頭数、質とも高知県内一に 畜産家 東将摩さん(22)四万十町―ただ今修業中
飼育する黒毛和牛の調子を見る東将摩さん。「じい以上の良い牛を育てたい」(四万十町古城)
物心付いた頃にはもう、目の前に牛がいた。「じい」こと、祖父の宗幸さん(82)に連れられ、牛舎で遊びながら、知らず知らずのうちに飼育の知識を身に付けた。誕生日に子牛を買ってもらったこともある。世話もしていたはずだが「あんまり覚えてなくて」と笑う。
家業として牛を飼い始めたのは明治時代の高祖父から。3代目の「じい」、父母の仁さん(55)、和子さん(53)へと引き継がれていく中で、小学生の頃には後を継ぐ気持ちが芽生えていたという。
今、父と一緒に黒毛和牛30頭の世話をする。十和地域でただ1軒の、畜産農家の5代目だ。
◆
「なんとなく、牛を買い付けて育てていけば生活できるのかなあ、と」
十川中学校を卒業したら、すぐに後を継ぐつもりだった。しかし「高校は行け」と言われ、渋々ながら幡多農業高校(四万十市)を受験した。「それが合格してしまって…」
主に畜産を学ぶアグリサイエンス科の授業は「じいから聞いて知っていることも多かった」。例えば、良い牛の見分け方。「大事なのは下半身。腰回りの具合、奥行きと、耳にたこができるほど聞いていたし」。そんな“眠たい時間”も時にはあったものの、畜産の確かな知識を学び取ることはできた。
晴れて高校を卒業した2020年。5代目として、新たな営農に踏み出そうと決断した。
「繁殖経営をやりたい」
妊娠中の母牛などを購入する従来のやり方に加え、繁殖用の牛に自分で種付けし、子牛を産ませる。それには家畜人工授精師の資格がいる。フォークリフトや家畜商の免許取得にも追われる中、佐川町の県畜産試験場で3カ月の研修を受け、発情の見極めや授精のタイミング、適切な精子の保管といった専門知識を学んだ。「じいがしてこなかったことをやってみたいっていう競争心かも」。繁殖用の雌7頭を買い、種付けを始めた。
昨年12月、初めて子牛が生まれた。ところが「母親が産んですぐ育児放棄したんです」。子牛を親から離し、朝昼夕晩の1日4回、自分の手で人工乳を飲ませる日々。順調に育っていると思っていた生後40日ごろ、子牛は突然死してしまった。
「心臓を押したり、電気で刺激したり。でも駄目で。今までで一番、きつかった…」
いきなりのつらい経験から、まだ半年余り。失意のうちにありながらも、新たに4頭の子牛が生まれてきてくれた。
「子牛が立ち上がって、母親の乳に吸い付いたら『やった』って思う。気持ちに区切りが付いて、ゆっくり眠れる。何頭産ませても、この気持ちは変わらない」
◆
夜中や早朝に出産する時も、難産の時もある。調子が悪い牛がいれば、休みを取るのもままならない。牛のことで困ったら、町内の農家に相談する。「『そんな時はうちはこうしている』と。自分よりずっと知っている。今は聞くことばっかりです」
約4キロ離れた国道381号沿いでは、家族と共に「東精肉店」と焼き肉店「牛楽亭」を切り盛りする。餌用の稲わらを分けてもらった米農家には、自然発酵させた堆肥に変えて返すなど、人との付き合いも大切にしている。
好きな言葉
写真・森本敦士
文・小林司