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2023.08.28 13:28

万太郎の植物分類学は時代遅れか ドイツ帰り徳永教授となぜ対立? 波多野のモデルは池野成一郎

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©️NHK

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 しばしば牧野富太郎博士は「日本の植物学の父」と称せられます。しかし時に「最後の本草学者」と呼ばれることもあります。この別称には、博士の業績に対する、やや否定的なニュアンスも含まれています。どういうことでしょう?

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 「本草学」とは、古くは中国で発達した長寿や健康を目指すための学問であり、主に「薬」としての植物が対象となったので、このように呼ばれるようになりました。日本にも奈良時代に入ってきて、江戸時代に最も盛んになります。江戸時代末に生まれた牧野博士も「本草学」の本を取り寄せて熱心に学びました。

 朝ドラ「らんまん」で、万太郎(神木隆之介)の前に若き植物学者の伊藤孝光(落合モトキ)が現れます。彼の祖父は伊藤圭介(1803〜1901年)とされています。

 幕末から明治にかけて活躍した実在の本草学者・博物学者です。シーボルトに学び「泰西本草名疏(たいせいほんぞうめいそ)」などの植物誌を書きました。ドラマで万太郎はこれを愛読していたことを孝光に告げて、会えたことに感激するシーンがありましたね。

 牧野富太郎の大志、つまり万太郎の最終目標は日本の植物のすべてを明らかにすることにあります。しかし明治時代も半ばとなり、植物学の研究は最新の顕微鏡などを使った細部や生態のメカニズムを明らかにするということに関心が集まっていきました。つまり植物学は「博物学」的なものから「科学的」な方向に進んでいたのです。この流れは現代も続いているのではないでしょうか。

 ドラマにおける徳永教授(田中哲司)のモデルは松村任三(1856~1928年)と考えられます。彼はドイツに留学して、そうした世界の植物学の潮流を肌で感じてきました。

 そうした理由から万太郎がやっている「植物分類学」は古いものだと言ったのです。もはや植物標本を沢山集めるばかりが植物学ではない、と。

©️NHK

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 その一方で、万太郎の親友でもある波多野泰久(前原滉)の存在があります。彼のモデルは植物学者・池野成一郎(1866〜1943年)です。ソテツに精子があることを発見したことで知られています。彼の研究は「博物学」的ではなく、細部を研究する「科学的」なものでした。徳永教授が目指す植物学の方向性と波多野の研究は一致しているのです。

 ドラマで万太郎と波多野の友情は厚いものとして描かれています。実際の牧野博士と池野成一郎の交流も終生続きました。互いの研究を尊重し合っていたのです。「博物学」的であれ「科学的」であれ、植物を研究していることに変わりはなかったのです。

 こうしたことは「らんまん」の植物監修をしている田中伸幸さんの著書「牧野富太郎の植物学」(NHK出版)に詳しく書かれています。田中さんは高知県立牧野植物園に長らく務めて、現在は国立科学博物館植物研究部の陸上植物研究グループ長です。

 牧野博士と池野成一郎の交流については高知新聞ウェブサイトで連載された練馬区立牧野記念庭園の田中純子学芸員による「シン・マキノ伝」の第19回「池野成一郎との深い友情」をご覧ください。(竹内 一)

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