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2023.07.26 07:00

【逍遥の記(12)】最大の魅力は「未完」であること  東京国立近代美術館の「ガウディとサグラダ・ファミリア展」

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 サグラダ・ファミリア聖堂内観(c)Sagrada Familia

 最大の魅力は何だろう。未完であるということかもしれない。それはつまり、常に変化し続けているということであり、新たに生まれ続けているということでもあるのだから―。


 ぼんやりそんなふうに考えていたスペインのサグラダ・ファミリア聖堂の完成時期が、いよいよ視野に入ってきたという。着工から約140年。この「未完の聖堂」に生涯を捧げた建築家、アントニ・ガウディ(1852~1926年)の建築思想や聖堂の美しさを探る「ガウディとサグラダ・ファミリア展」が東京国立近代美術館で開かれている(9月10日まで。滋賀、愛知へ巡回予定)。


 ■発見からの出発


 サグラダ・ファミリアが生まれた背景には、産業革命による貧富の差の拡大がある。バルセロナで書店と出版社を経営していたジュゼップ・マリア・ブカベーリャが創設した「聖ヨセフ信心会」が、貧しい人々の献金によって聖堂を建築することを発案した。このことにより、聖堂の建築には常に資金難がまとわりつくことになる。


 着工は1882年。ガウディは2代目建築家で、83年に31歳で就任する。


 ブカベーリャはガウディの見解として10年で完成させると公表した。1891年に巨額献金があったが、それは完成のためでなく、「降誕の正面」と呼ばれるファサード(建物正面の外観)の建築に費やされてしまい、完成は不可能となった。


 一方で、この「降誕の正面」の豪壮さ、とてつもなさでサグラダ・ファミリアは世界に名を馳せるようになる。三つの扉口で構成され、たくさんの彫刻によりイエスの降誕の物語が表現されている。ちなみに他に「受難の正面」と「栄光の正面」がある。


 展覧会は第1章でガウディの生涯とその時代を紹介した後、2章「ガウディの創造の源泉」に移る。「奇才」「天才」のイメージが強いガウディだが、この章で彼の独創性の源泉が解き明かされる。


 「人は創造しない。人は発見し、その発見から出発する」という言葉が象徴的だ。では何から何を発見するのか。


 展示によれば、ガウディが発見し、創造の源としたのは「歴史」と「自然」、そして自然の中に見られる「幾何学」の三つだった。彼は歴史上に出現した建築の数々、例えばイスラム建築や中世ゴシックから発想を得て新たな建築を造る「リバイバル建築」に取り組んだ。自然からは構造や装飾のフォルムやモチーフをつかみとり、曲面の造形などに幾何学を応用した。


 ひもに重りをぶらさげてできる曲線をモデル化する「逆さ吊り実験」の様子も展示され、ガウディがパラボラ(放物線)の形にいかにこだわったかも分かる。


 ■歌声が聞こえる


 サグラダ・ファミリアは着工後、さまざまな困難に直面する。資金難に加え、スペイン内戦(1936~39年)による中断もあった。内戦の中で図面資料が焼失し、模型が破壊されたことで、その後は常に復元設計を続けながら建設せざるをえなかった。ガウディの遺志を継ごうとした多くの人々が試行錯誤を重ねた。


 第3章「サグラダ・ファミリアの軌跡」で、いよいよこの聖堂そのものに迫る。


 身廊部模型が目を引く。身廊部とは入り口から祭壇前までの中央部分のことだ。二重螺旋の円柱は枝分かれしていき、森の木々のようだ。その中に入っていくとどんな光景が見えるのか。映像を見るうちに、実際に身廊を歩いているような気分になってくる。


 聖堂の彫刻制作を担う外尾悦郎の白い石膏像「歌う天使たち」は魅力的だ。9人の子どもたちが実に楽しそうに歌っている。顔や手、指の繊細な表情を見ていると、いまにも歌声が聞こえてきそうだ。


 ■完成とはなにか


 外尾は1978年以来、サグラダ・ファミリアの彫刻の修復や制作に携わってきた。展覧会の図録に掲載された外尾のインタビューは、50年近い歩みを映して深い。


 完成の時期が近づいてきたことについてどう感じるかと質問された外尾は、まず「完成するであろうというのはどこからの情報でしょうか」と問い返す。聞き手は東京国立近代美術館企画課長の鈴木勝雄だ。「コロナ禍の前に2026年の完成を目指すということがサグラダ・ファミリア側からアナウンスされたと聞いています」と答える。


 それを受けて外尾はこう言うのだ。


 「それは、ガウディが亡くなった100年後の2026年に目標を設定したというだけで、私はその当時から完成はしないと言っていました。人間が造ったものに完成したものなんて何一つありません。サグラダ・ファミリアに関しては、造り続けることが重要で、それは何のためにこの聖堂を造っているのかということを考えれば答えは自ずと出てくると思います」


 では、なぜ造り続けることが重要なのか。


 「私は『完成』とはなんなのか、そして人間とは何のために生きているのか、人間にとってなにが完成なのか、そういったことを問いかけてくるのがサグラダ・ファミリアだと考えてます」


 NHKがドローンで撮影したという映像が大きなスクリーンで流れていて、飽きるまで眺め続けた。現地に行ったとしても、あの高さで見ることは不可能だから、特異な体験をしているような気がしてくる。2番目に高いという138メートルの「マリアの塔」の先端部分、星形のシンボルに光が灯る瞬間が幻想的で美しかった。(敬称略/共同通信編集委員・田村文)



 たむら・あや 1965年埼玉県生まれ。89年、共同通信入社。2012年から11年、567回続いた中高生向けの読書案内連載「本の世界へようこそ」をまとめた著書「いつか君に出会ってほしい本」(河出書房新社)を今春、出版した。現在は編集委員室所属の編集委員兼論説委員。

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