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2023.07.10 05:00

【ジブリと私#1】石田ゆり子さんインタビュー 「一瞬に美学がぎゅうぎゅう」

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 「もののけ姫」より

※後段にインタビュー全文があります。



 宮崎駿さんが10年ぶりに監督する新作長編アニメ映画「君たちはどう生きるか」が7月14日に公開される。盟友の高畑勲さんと作り上げてきたスタジオジブリ作品の魅力はどこにあるのか―。さまざまな分野で活躍する人々に話を聞いた。


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 「生きてきて一番うれしかったです」。スタジオジブリから声優としての出演を依頼された時に、そう感じたという俳優の石田ゆり子さん。これまで「もののけ姫」など3作に出演してきた。世界的に人気を集めるジブリの作品群を「日本人の誇り」と語る。


 「アルプスの少女ハイジ」や「未来少年コナン」など、宮崎さんや高畑さんが制作に加わったアニメを見て育ってきた。「少年少女が風のように走る感じとか、むちゃなことも自力で達成してしまうあの無謀な感じとか、とにかく大好きでした」。宮崎さんとは絶対に縁があるはずだと根拠もなく信じていたという。


 最初の出演は高畑さんが監督した「平成狸合戦ぽんぽこ」。タヌキの主人公の妻おキヨ役を務めた。「高畑さんは細かいこともおっしゃらず、ニコニコと笑いながら見ていました」。宮崎さんがこの時の演技を見て「もののけ姫」への抜てきを決めたと、後に聞いた。


 山犬に育てられ、人間と敵対する「もののけ姫」こと少女サンは「おキヨの100倍難しかった」と振り返る。宮崎さんから女の子ではなく生き物としての美しさを表現するよう指示されたが、「当時の私の想像力では追いつかなかった」。居残りをして20~30回もやり直し、降板も覚悟した。心の中で泣きながら、それでもなんとか認められたいと挑み続けた。


 厳しい現場も「当たり前の妥協のなさ」の表れだと語る。「一瞬のシーンにも美学がぎゅうぎゅうに詰め込まれていて、奥深い。しかもそれが子どもたちに最も通じることだったりする。それが素晴らしい」


 一緒に仕事をできて「幸せだった」と石田さん。「もしかなうなら、またジブリ作品に出たい。いつもそう思っています」


(取材・文=共同通信 鈴木沙巴良)



 ※ここからは石田ゆり子さんの素顔や、ジブリ作品の舞台裏が伝わるインタビューの全文をお届けします。山犬に育てられた少女サンの声を演じてうまくいかず、心の中で泣きながら降板を覚悟した理由とは…?



▼記者 ジブリ作品との関わりは?


★石田 私はもともと宮崎駿さんや高畑勲さんが関わったアニメで育ってきたんです。「母をたずねて三千里」とか「赤毛のアン」とか。「アルプスの少女ハイジ」なんて、好きで好きで、本当にそこから育ったという感じがします。ちょっと大きくなってからは「未来少年コナン」。少年少女が風のように走る感じとか、むちゃなことも自力で達成してしまうあの無謀な感じとか、とにかく大好きでした。


▼記者 その後のジブリ作品はいかがでした?


★石田 「風の谷のナウシカ」「天空の城ラピュタ」「となりのトトロ」ときて、「魔女の宅急便」。全部全部、本当に大好きでした。ちょっと変なんですけど、絶対どこかで宮崎さんと会えると思っていたんです。絶対に縁があるはずだって何の根拠もなく信じていました。そうしたら、ジブリから声の出演依頼があって、正直、生きていて一番うれしかったです。


▼記者 最初に出演したのは高畑監督の「平成狸合戦ぽんぽこ」ですね。


★石田 スタジオジブリと仕事をできるというのは、何よりも幸せでした。頑張ってきてよかったと思いましたよ。今思い返しても、あのうれしさに匹敵するものってなかなかない。その後も「もののけ姫」と「コクリコ坂から」に出演できて、とても大きな喜びです。


▼記者 声優の仕事は「平成狸合戦ぽんぽこ」が最初でしたか?


★石田 はい。「ぽんぽこ」に関しては、演じたおキヨが普通の女の子という感じで、そんなに大変だった思いはないんです。高畑さんはあまり細かいこともおっしゃらず、ニコニコと笑いながら、私と(主人公役の)野々村真さんが声を入れているのを見ていました。


▼記者 記憶に残っている思い出は?


★石田 ある時、宮崎さんが見に来たんです。わーっと思って。もちろん高畑さんの大ファンでもありましたけど、高畑さんと宮崎さんが並んでいるってびっくりしちゃって。その時に宮崎さんが私を見て「もののけ姫」のサン役に選んだという話を、後で聞きました。


▼記者 そういう流れがあったんですね。


★石田 そうですね。ただサンは、おキヨとは全然違う役で…。100倍くらい難しかったです。当時の私の想像力では追いつかなかった。


▼記者 サンは山犬に育てられた少女で、人間と敵対しています。


★石田 「人間にもなれず、山犬にもなり切れん、哀れで醜いかわいい」子というせりふがありますよね。その苦しさとかさみしさとかいろんな気持ちを「最後の一文字に乗せてくれ」と、そういう難しいことを宮崎さんはおっしゃるんです。例えば「人間なんか大嫌いだ」というせりふの「だ」にその気持ちを乗せろ、とか。


 あと、難しかったのは「おまえ死ぬのか」っていうせりふ。「頭に何か付いているよ、どうしたの?」ぐらいのトーンで言えって。自然界の生き物にとって、死はそんなに珍しいことじゃない、何の感情も入れずに『あ、そうなのね』みたいな感じで言え、と。


▼記者 難しいですね。


★石田 あと、サンの強さとか切なさとか、(主人公の)アシタカに対する気持ちとか、全部がもういっぱいいっぱいでした。本当に難しくて、私だけ居残りをさせられて、収録中に「あ、降ろされるな」と思っていました。


▼記者 録音し直しは何回くらい?


★石田 すごかったですよ。20~30回はやったんじゃないですかね。自分が何言っているのか分からなくなるくらい。しかも、周りにいるのは森繁久弥さん、美輪明宏さん、田中裕子さん、アシタカ役の松田洋治君も含め、みんなベテラン。その中で私が一番へたくそで、心の中で泣きながらやっていました。それでも、そこに参加できる喜びはすごく大きくて「ここで降ろされるわけにいかない」という気持ちもありましたし、がっかりされたくなかった。すっごく厳しかったですけど、なんとか認められたかった。


▼記者 強い思いで臨んでいたのですね。


★石田 もう一回サンをやりたいという気持ちが、今でもあります。今ならあの時宮崎さんがおっしゃっていたことが分かるって。一方で、できあがったものを見ると、今の自分にはできないことを当時の私はやっているわけです。若いから。「若さ故の未熟さが逆に…」って、そう思ってくれたらいいなと思っています。


▼記者 強い思い入れが伝わってきます。


★石田 「もののけ姫」という本当にすごい作品に関わらせていただいたんだなって。神様ありがとうっていう感じです。一緒に仕事をさせてもらえたことが幸せですし、もしかなうなら、またジブリ作品に出たい。いつもそう思っています。


▼記者 厳しかったとも言っていましたが、宮崎さんはどのような方でした?


★石田 厳しいというのは私の感想で、宮崎さんは厳しいつもりもない。自分の世界が完璧にあって、そこに来てほしいという、当たり前の妥協のなさ。天才ですよね。一瞬のシーンにも、宮崎さんの美学はぎゅうぎゅうに詰め込まれていて、奥深い。しかもそれが決して難しくはなくて、子どもたちに最も通じることだったりする。そこが素晴らしい。主人公が走るとか飛ぶとか、それだけで伝わるじゃないですか。でも、その裏にはどれだけの思いや努力、日々の皆さんのこだわりと美学が詰まっているんだろうかと思うと…。


 ▼記者 ファンとして作品を見ていた頃と、作品に関わった後では、見方は変わりましたか?


★石田 自分が至らなくて申し訳ないという気持ち以外は、変わらずに全てを尊敬しています。大好きだったからこそ、私で大丈夫なんだろうかっていう気持ちがいつもありました。ただ、事後的にいろいろ言うことが作品を傷つけることになるから、あまり言わないようにしています。


▼記者 サンについて、宮崎さんから言われたことをもう少し。


★石田 とにかく「女の子だと思わないでくれ」って言われたのを覚えています。もちろん女の子なんですけど、生き物として美しいっていう、そういう感じでした。でも、宮崎さんはあまり細かいことは言わない。私がやっているのを見て、ガラッと扉を開けて、難解なことをおっしゃるんです。


▼記者 難解?


★石田 思想というか。感覚的に難しいことをさらっと言って去っていく。「人間にもなれない山犬にもなれない、切ない生き物である」と。でも、サンは少女じゃないですか。そのさじ加減が難しかったですね。考えすぎると頭がこんがらがってしまって。でも、徐々に徐々に慣れていって、最後の方は「その感じでいいんじゃない」と言われ始めて、その時はちょっとうれしかったですね。


▼記者 収録の方法は?


★石田 ほとんどは物語の順番通りに撮ったんです。冒頭に出てくるカヤという女の子の役もやりました。宮崎さんが「アシタカに深く関わる女の子の声を統一させたい」とおっしゃって。最初は何が何だか、もう圧倒されました。当たり前なんですけど、音響の方も妥協がなくて厳しい。でも、そこでやめるわけにはいかない。今も鮮明に覚えています。


▼記者 収録期間は?


★石田 3日間ぐらいの予定だったと記憶しています。ただ私は特訓とやり直しがあったので1週間ぐらいかかりました。今では本当にありがたい思い出です。


▼記者 「もののけ姫」への出演は、どのような影響を与えましたか?


★石田 強烈な経験として刻み込まれて、光栄だっていう気持ちと、ありがたいっていう気持ちと、でも申し訳ないっていう気持ちと、いろいろありました。公開後は作品としてすごい評判を呼んで、そこに参加している自分が、知らないところで独り歩きしている感じはありましたね。


▼記者 どのような評価がありましたか?


★石田 声の評価はそれぞれ。辛口の評価もありましたし、それはもっともだと思いました。でも、そんなことよりも作品としての評価。作品が素晴らしかったので。俳優仲間とか、いろんな人にうらやましがられました。


▼記者 宮崎作品の中で「もののけ姫」が占めている位置をどう思いますか?


★石田 明らかにそれまでの作品と違う深さがあったと思います。宮崎さんは「もののけ姫」を最後に引退すると公言していて、覚悟を感じました。ジブリがずっと訴えてきた自然界と人間の関係を深めた。子どもたちには難しいんじゃないかというぐらい。残酷なシーンもあります。でも、宮崎さんは「大人よりも子どもの方が分かってくれる」と言っていました。すごみを感じましたね。今でも「もののけ姫」は際立っている気がします。


▼記者 確かに異色な感じがしますね。


★石田 「もののけ姫」の世界というのは明らかにあって、例えば「ナウシカ」とか「ラピュタ」は、どこか世界観として近いと思うんですよね。色合いが。でも、「もののけ姫」はちょっと違う。日本が舞台で、みんなが喜ぶ空を飛ぶとか、そういうことがない。


▼記者 むしろ地べたをはうような。


★石田 ものすごくリアルなんですよ。人間たちの泥くささとか生きざまとか。でも。それがいいんです。自分が関わったのもありますけど、ほかの作品とは全然違うところにある。良い悪いじゃなくて、思い出があるので。


▼記者 ジブリ作品は世界的にも人気ですね。


★石田 ジブリファンは世界に山ほどいて、日本人の誇りですよね。米国での映画撮影のためにビザが必要で、出演作の一覧を大使館に持って行きました。そうしたら、大使館の人が「もののけ姫」の写真を見てびっくりして、急に興味を示した。仏頂面だった人たちがこんなに笑顔になるんだなって、ジブリのすごさを感じました(笑)。


▼記者 新作「君たちはどう生きるか」について。


★石田 楽しみです。吉野源三郎さんの作品からタイトルを取っていますが、どんなアニメになるのかなって


▼記者 吉野作品も読まれましたか?


★石田 はい。今の時代に必要な作品だと思います。しっかり自分の人生と向き合えよ、というメッセージがある気がして、それってちゃんと人を見ろっていうことだと思うんです。今はちゃんと人のことを見ていない人がいるような気がして。


▼記者 というと?


★石田 一つはスマートフォンの普及。得たものもたくさんあるので、悪いこととは思いません。でも、みんな目の前で起きていることをちゃんと見ていない気がします。いつもスマホを通して見ているというか。自分もそうじゃないかなってたびたび思って、ぞっとする。


 吉野さんの作品はスマホなんてない時代の話ですけど、その時代の人間の濃いやりとりが、今すごく必要なんじゃないかな。過去からの大きなメッセージを、宮崎さんがどのように映画に落とし込んでいるのか、もう楽しみしかないです。


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 いしだ・ゆりこ 1969年生まれ、東京都出身。出演作にネットフリックスで配信中の連続ドラマ「THE DAYS」、フジテレビ系ドラマ「転職の魔王様」など。

(c)KYODONEWS

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