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2023.06.21 07:00

【3分間の聴・読・観!(11)】本はどこまで射程を伸ばすか  見る喜びと聞く楽しみに満ちた作品たち

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 武井武雄 刊本作品を前にして(1952年)写真提供・イルフ童画館

 童画家、版画家の武井武雄(1894~1983年)は、大正時代の絵雑誌「コドモノクニ」創刊号の表紙をはじめ、モダンでカラフルな童画を数多く残した。デフォルメされた人や動物は見る者を愉快な気持ちにしてくれる。子どもはもちろん、かつて子どもだった大人たちも笑顔にする。


 武井が戦前から晩年までの約半世紀にわたって取り組んだ仕事の一つが、小型の画文集の制作。横浜市の神奈川近代文学館で7月23日まで開催中の「本の芸術家 武井武雄展」は、本作りに発揮された童画家の才能に満たされ、会場を歩く間中、愉快な展覧会である。


 これらの画文集で、武井は自身の絵や文章だけでなく、作品ごとに用いる印刷技法や素材にも創意を凝らした。「刊本作品」と呼ばれ、全部で139作品ある。大量に印刷することは難しく、1作品当たり300部など数百単位の限られた部数しかない。会員を募り、制作実費で頒布された。


 「ラムラム王」「迅四郎の窓」「独楽が来た」といった題名の絵と文が楽しいのは言うまでもないが、本作りに生かされる武井のアイデアが豊かなことに驚く。素材は紙に限らない。ページに寄木細工、ステンドグラス、パピルス、螺鈿(らでん)などが用いられ、版画などの伝統的な技術も投入されている。武井はさまざまな素材と技術を操る職人に依頼するのだが、要求したレベルの高さが刊本作品からうかがえる。だから「総合芸術」とも「本の宝石」とも称された。


 展示を見ながら想像が膨らむ。それぞれの作品には制作段階から完成まで、人の手から手に渡された記憶が宿っている。


 会場のパネルに武井のこんな言葉が記されていた。「本は限りなく成長すべきものである。本は読むものだという長い世紀に亘る考え方は徐々に覆えされていくだろう。(中略)音響と言語と音楽とがとり入れられればこれはもう読むだけ見るだけの本ではなくなる」


 この文章が雑誌に発表されたのは1965年。造本の達人はここまで射程を伸ばしていた。現代に武井がいたら、どんな表現を手渡して私たちを喜ばせただろう。


 ほぼ60年後の今、武井のイマジネーションと重なるような本を手に取った。


 この春リリースされたヨルシカと加藤隆の音楽画集「幻燈」だ。とても楽しめた。ヨルシカの2人、nーbuna(ナブナ)とsuis(スイ)がつくり出す音楽に掛け合わせたのは、映像やアニメ、イラストレーションを手がける加藤の画集。文学の名作をモチーフにした歌詞と絵で構成され、私たちが表紙や作品ごとに描かれた絵を見て、そのページにスマホ、タブレットをかざすと、音楽を再生するページにつながる。つまり「聴ける画集」である。


 収録曲「都落ち」は万葉集、「チノカテ」はジッドの「地の糧」から生まれた。「月に吠える」「老人と海」「ブレーメン」「又三郎」は説明するまでもないだろう。歌詞の一節に原典を感じられて面白い。シャープに刻まれるリズムにsuisの切ない歌声。異なる方向に揺さぶられる。それがよくて何度もリピートした。静かさと陰影が共存する加藤の作品がそれを加速させる。私は特に「都落ち」「チノカテ」「又三郎」に聞き入った。画集をめくり、その波動に身を委ねる。


 本をどこまでも解放する本。もっと出会いたい。(杉本新・共同通信記者)



【今回のリスト】


▽「本の芸術家 武井武雄展」神奈川近代文学館(横浜市)7月23日まで


▽ヨルシカ/加藤隆の音楽画集「幻燈」



 すぎもと・あらた 文化部を経て、現在は編集委員室所属。武井武雄とともに岡本帰一、初山滋、村山知義らの子ども向けの絵を見ると、笑顔を取り戻せます。

(c)KYODONEWS

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