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2023.04.29 09:08

【らんまんで話題】高知の「芋けんぴ」登場! 鏡川の祭りで食べる綾と竹雄 「けんぴ」の過去記事を復刻

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ケンピをもとに生まれたといわれる芋ケンピは観光客にも大人気(高知市帯屋町2丁目の「ひろめ市場」)

ケンピをもとに生まれたといわれる芋ケンピは観光客にも大人気(高知市帯屋町2丁目の「ひろめ市場」)


 朝ドラ「らんまん」に高知名物の芋けんぴが登場しましたね。佐川から高知にやってきた綾を追いかけてきた万太郎と竹雄。万太郎が自由民権運動の結社を訪ねている間に、綾と竹雄は高知の鏡川で開かれていた祭りに遭遇します。

 そこで綾が買ってきたのが高知名物「芋けんぴ」です。高知のお土産としても定番のお菓子ですね。もともとは小麦粉と砂糖などを主体に作る「固い干菓子」のことで、それから「けんぴ」と名前が付きました。それが現代風に転じて、材料に芋を使って油で揚げる「芋けんぴ」になりました。「けんぴ」も売られていますが、いまはすっかり「芋けんぴ」が定着しています。「けんぴ」と「芋けんぴ」を取り上げた過去の記事を復刻しました。

硬さの中に優しい甘み  一豊入国記念400年の味 『土佐・民の営み』ケンピより(2014年9月24日掲載)  
 
 硬すぎる、という理由で、その菓子は客を怒らせたことがあるという。 

できたてのケンピ。カラカラと音をたてて容器に移されていく(高知市北竹島町)

できたてのケンピ。カラカラと音をたてて容器に移されていく(高知市北竹島町)

 ケンピ。「堅い干菓子」だから「堅干」と書く。製造している「西川屋老舗」の池田聡博社長(57)は「もしかしたら全国一硬い菓子なのでは。それなら売りになる」と思ったこともあるが、「(香川県)善通寺の堅パンには負けた」。日本一はあきらめた。

 それでも十分硬いのは、多くの県民が知っての通り。試食を勧められ1本口に運ぶ。案の定、前歯ではボキッとできなかった。
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 ケンピといえば、今では芋ケンピが一般的だが、「堅干」の方が歴史は古いとされる。

 高知の食文化に詳しい「何を食べてきたのだろう」(近藤日出男著)によると、平安時代中期に紀貫之が地元の人から献上された、などさまざまな説があるという。
 西川屋のケンピは山内一豊の土佐入国を記念して作られたのが始まり。

 1601(慶長6)年。初代土佐藩主として入国した一豊は城までの道中、赤岡に宿泊した。その際、夜須でそうめんや麩(ふ)を作っていた西川屋は品物を献上。これをきっかけに藩の御用商人になり、記念の菓子作りに取り組んだ。それがケンピだった。
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 それにしても、なぜこれほどまでに硬いのか。

 池田社長は「そうめんをヒントにできたお菓子ですからね。軟らかい食べ物があふれる今、逆に新鮮でしょう」と胸を張る。
 「脳に刺激を与える。子どもたちに食べさせたい」と、大量注文してきた大阪府の幼稚園がある。
 「主人に食べさせたら、硬すぎると叱られました」と電話してきた東京の女性がいた。
 やや軟らかく仕上がったときは、「いつもほど硬くない。どうしたのか」と心配する常連客がいる。
 この手のエピソードには枚挙にいとまがない。
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 作り方は至ってシンプル。小麦粉と砂糖と水、少量の卵を混ぜ合わせて、棒状に切りオーブンで焼くだけ。機械が入った以外、製法は一豊の時代からほとんど変わらない。

 工場のある高知市北竹島町の住宅街。甘い香りが辺りに漂っている。工場の中では人と機械が忙しそうに動いていた。こんがり焼き上がったケンピがコンベヤーに乗って次々と出てきた。カラカラ、カラカラ。容器に移される音からして硬そうだ。

 「硬さは砂糖と水の煮詰め具合。これは人の手で決まります」と池田社長。「味はどうでしょうねえ。昔とほとんど一緒だと思いますよ」
 一豊公も「余は満足じゃ」と言ったかどうか…。

 ボリボリとかみしめていると、優しい甘みが口の中に広がっていく。硬いのにもう1本、もう1本と、つい手が伸びる。どこか懐かしい。四百余年の歴史の味がした。(写真と文・石丸静香)

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