2022.11.21 14:33
【東京舞台さんぽ】「パーク・ライフ」 肩書離れて集う日比谷公園
日比谷公園の大噴水=東京都千代田区
吉田修一さんの小説「パーク・ライフ」は、東京都の中心部、千代田区にある日比谷公園の情景から、現代的な人間関係を浮かび上がらせる。肩書を離れて人々が集い、思い思いに過ごせる場が、主人公の会社員「ぼく」の日常を変えていく。(共同通信=中井陽)
冒頭、読者は主人公の、公園でのお気に入りの景色に導かれる。噴水広場でベンチに腰を下ろし、目を閉じてから「カッと」見開く。すると「大噴水、深緑の樹々、帝国ホテルが、とつぜん遠近を乱して反転し、一気に視界に飛び込んでくる」。公園は、高層ビルや官庁街に囲まれている。
「ぼく」はここで、よく見かける通称「スタバ女」に声をかけられる。「春風に乱れる髪を押さえていた」彼女がいたのが、心字池を見下ろすベンチ。弁当を広げるのに絶好の場所だ。池の脇には江戸時代の石垣が残る。
公園で一緒にコーヒーを飲んだり、老舗洋食店の「日比谷松本楼」でカレーを食べたり。2人の距離は近づくようで、お互いに名前も職場も明かさない。
園内には来年100周年を迎える日比谷野外大音楽堂や、小音楽堂がある。音楽プロデューサーの亀田誠治さんはここで、誰もが気軽に多彩な音楽に触れられる「日比谷音楽祭」を行ってきた。「イヤホンをして1人で聴くのとは違い、風に乗って聞こえてくる音楽は人と人とをつなぐ。人間ってすごくいとおしいなって思える」と、都心の公園で開催する意味を語る。
せわしない都会の中心で、誰もが少しの間、素の自分に戻り、緩やかな時の流れを感じられる空間。それが出会いを誘発し、日常を鮮やかに色づけるのだろう。「ぼく」は彼女に連れられてギャラリーを訪ねた日、別れ際に叫ぶ。「明日も公園に来て下さいね!」。新しい友達ができたとき、子ども同士が言うような言葉が、2人の関係を照らし出している。
【メモ】「日比谷音楽祭2023」は、来年6月3、4日に開催。
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