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2022.10.19 07:00

【3分間の聴・読・観!(3)】もがきながら生きている  「東京ヒゴロ」「さかなのこ」ほかーひとりの心に響く作品リスト

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 「東京ヒゴロ」

 松本大洋の「東京ヒゴロ」(小学館)第2集が出た。とてもいい。第1集の冒頭から引き付けられる漫画だ。50代の漫画編集者、塩澤が雑誌廃刊の責任を取って出版社を退職した。いったんは漫画から離れようとしたが、個人で漫画本を作ることを決心する。執筆依頼で訪ね歩く漫画家たちは、かつての輝きを失っていたり、筆を折ったりしている。塩澤にしても誠実な半面、意固地なところもあり、めったに笑顔を見せない。屈託のある人物が次々と現れる。


 漫画への愛とともに、孤独な心を抱えてもがく人間の普遍的な物語として響く。それを象徴するのが、ひとり暮らしの塩澤が飼っている文鳥と会話をする場面だ。折に触れ、揺らぎや悩みをつぶやくと、文鳥から短い言葉が返ってくる。そのやりとりは塩澤の心の動きそのものだろう。


 「東京ヒゴロ」で繰り広げられる物語は、塩澤ひとりの心がスイッチとなり、そのひとりが諦めれば消えてしまうはかないものだ。私たちの日常も変わらない。1日のかなりの時間、心の中で言葉を巡らせて自分にダメを出し、言い訳をして、許し、根拠のない自信を持つ。松本が描く街の風景やオノマトペも「間」となって深く染みてくる。


 「橋の上で」(河出書房新社)は、孤独な心の真ん中に語りかけてくる絵本。学校で嫌なことがあった「ぼく」は、帰り道の橋から川を見て思い詰めていた。ひとりで耐える時間を包んだのは、不意に横に立った不思議なおじさんの言葉。「耳をぎゅうっとふさいでごらん」。崩れかけた心は救われるのか。


 静かな言葉で希望を探る湯本香樹実の文と、壊れそうな心象を繊細に描く酒井駒子の絵が調和している。ことに、暗い水に横たわる「ぼく」の姿にしばらく目が止まり、読後に何度もそのページを開いた。2人による絵本「くまとやまねこ」も、大切な相手を亡くした痛みを見つめた作品で、長く読み継がれている。


 さかなクンをモデルにした映画「さかなのこ」(沖田修一監督)は、魚に並々ならぬ愛情を寄せるミー坊が主人公。好き過ぎて周囲から浮いてしまい、この世間では生きづらいのだが、のんの演技はミー坊のまっすぐな心を体現し、性別を意識させない。気持ちのいい成長譚だ。周りから理解されない魚好きの「ギョギョおじさん」なる人物をさかなクンが演じ、ひとりで心を保つ苦さを感じさせるのもいい。


 最後にキース・ジャレットの新譜「ボルドー・コンサート」を聴く。数々のソロライブの名手は現在、健康上の理由で演奏活動から遠ざかっており、このライブ盤も2016年の収録。インプロヴィゼーションの豊かな1音1音を味わっていると、ひとりの心が限りなく大きな世界をつくれることに気付くのである。(杉本新=共同通信記者)



【今回の作品リスト】


▽松本大洋「東京ヒゴロ」(小学館)


▽湯本香樹実・文、酒井駒子・絵「橋の下で」(河出書房新社)


▽沖田修一監督「さかなのこ」


▽キース・ジャレット「ボルドー・コンサート」



 すぎもと・あらた 1963年生まれ。 大人たちがまだ漫画に厳しかった時代に育ちましたが、年を取ってみると、大人にふさわしい漫画がたくさん。絵本や児童文学も子どもだけでなく、成長した人、老いた人の心に届く名作が多く、離れられません。

(c)KYODONEWS

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