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2022.10.20 05:00

「ヤマトグサ命名の真相」(下) シン・マキノ伝【17】=第2部= 田中純子(牧野記念庭園学芸員)

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山中でひっそりと木洩れ日を浴びるヤマトグサ(高知県中西部)=森本敦士撮影

山中でひっそりと木洩れ日を浴びるヤマトグサ(高知県中西部)=森本敦士撮影

サンカヨウ(ルイヨウボタンの類)=明治13年5月3日写=「戸隠升麻のイキサツ」(「園芸植物瑣談(其十三)」)に掲載された図 (個人蔵)

サンカヨウ(ルイヨウボタンの類)=明治13年5月3日写=「戸隠升麻のイキサツ」(「園芸植物瑣談(其十三)」)に掲載された図 (個人蔵)



 伊藤篤太郎は伊藤圭介の孫である。圭介には後継者として期待されていた謙という三男がいたが、明治12年に若くして亡くなる。その跡を継いだ篤太郎は祖父の指導のもと植物学の勉強に励んでいた、その頃に牧野より質問状が届いたのであった。そして、明治16年になるとロシアのマキシモヴィッチに、書簡や書籍とともに植物標本を送り鑑定を依頼した。標本のなかには、謙が発見したトガクシソウの標本も含まれていた。それは、明治8(1875)年に田中芳男ら博物局の一行といっしょに長野県に赴き産物の調査にあたった謙が戸隠山系の高妻山で見つけた植物であった。マキシモヴィッチはそれについて篤太郎が新種として提案した学名をPodophyllum japonicum Itô ex Maxim.としてロシアの雑誌に発表した。それは明治19年のことであった。その時に篤太郎は、…

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