2022.08.01 08:35
カツオの町に恩返しを ハランボ串焼き店主 工藤圭司さん(40)中土佐町―ただ今修業中
「熱々のハランボは最高においしいです」と売り込む工藤圭司さん(中土佐町久礼)
串に刺すのはカツオのハランボ。午前9時からひたすらガス台で焼き続ける。したたる脂が焦げ、香ばしい煙に引き寄せられた県外客は「これ何?」。「カツオの大トロの部分です。新鮮なカツオのあるここでしか食べられませんよ」と、売り口上は滑らかだ。
「関東のお客さんは特に『大トロ』という言葉に弱い。食べたらほぼ気に入ってくれます」。汗びっしょりの顔をほころばせた。
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高松市出身で、実家は米作中心の兼業農家。丹精込めて作ったコメが安く買いたたかれる状況を変えたいと、農作物を扱うスーパーのバイヤーを志した。
大阪府内の大学を卒業後、流通大手のイオンに入社。ただ、配属されたのは府内の店の鮮魚コーナーだった。5年後、知人の強い勧めを受けて金属加工会社に転職したが、人間関係に悩む日々となった。
「自分にとって大切なものが何だか分からなくなり、違う場所でやり直したくなった」。移住を模索する心に浮かんだのが高知だ。毎年、阪神タイガースの安芸キャンプを訪れ、イオンに勤めていた頃から食材の良さを感じていた。
鮮魚コーナーで働いた経験を生かそうと2016年、「カツオの町」に地域おこし協力隊員として赴任。魚の扱いは一通り身に付けたつもりでいたが、加工業者の手伝いなどに出向くと、段違いに鮮やかな包丁さばきにショックを受けた。
期待に応えられないと落ち込み、半年で退職。それでも魚に関わる仕事への熱意は残っていた。声を掛けてくれた町内の鮮魚店で働き、学び直した。
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自立の道を探る中、目を付けた商材がハランボだ。たたきや刺し身のような“主役感”はないが、独特の食感があり、うまい。串焼きにすれば市場の客が食べ歩きできると考え、18年に店を構えた。
ハランボになじみの薄い県外客らの反応は鈍かった。だがもう市場の一角を担う店主だ。会話上手ではなかったが、「これで終われない。おいしさを伝えようと、スイッチが入った」。素通りしようとする客に積極的に話し掛けた。
手応えをつかみ始めた3年目、新型コロナウイルスの感染拡大で長期休業を強いられた。大きな打撃を受けつつも、常温保存できる土産物の開発に注力。焼きハランボの燻製(くんせい)を商品化した。他にもカツオのだし巻き卵串を加えるなど、客を飽きさせない工夫を続ける。
好きな言葉
「地元の先輩たちが全力で相談に乗ってくれ、応援してくれて今がある。拾われ、育ててもらった市場に根付いて、恩返ししたい」
回り道の末に選んだ居場所で、今日も串を握る。
写真・山下正晃
文・富尾和方