2022.08.23 05:00
「親の干渉なく、自由自在に」シン・マキノ伝【6】 田中純子(牧野記念庭園学芸員)
前回まで見てきたように牧野はさまざまな本を読み、それらをよく吸収して自身の思考をしっかりしたものに築き上げていった。幼い頃に別れた両親の顔を覚えていないと言うが、悲しいとか寂しいとかという言葉では簡単に言い表せない感情があって、それが自分で考え自分で工夫し自分で判断する富太郎の人格を形づくることになったのだと思う。自叙伝に、「むずかしくいって私に干渉する人が無かったので、私は自由自在の思う通りに植物学を独習し続けて、遂に今日に及んでいるのです。もしも父が長く存命であったら、必然的に種々な点で干渉を受くるのみならず、きっと父の跡を継いで酒屋の店の帳場に座らされ、そこで老いたに違いなかったろう」とある。「わが意思のままに」生きてきたという牧野の生きざま。それを支えた、決してへこたれないで自分の決めた道を成し遂げようとする強固な意志こそ両親からの最大の贈り物ではなかったのでないだろうか。
『重修本草綱目啓蒙』(個人蔵)
『重修本草綱目啓蒙』の表紙(個人蔵)