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2021.11.07 08:34

ちいきのおと(45)宮ノ口(香美市)絶景 レトロな温泉

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客間からの眺めはまるで水墨画。時が過ぎるのも思わず忘れてしまう(写真はいずれも香美市の「夢の温泉」)

客間からの眺めはまるで水墨画。時が過ぎるのも思わず忘れてしまう(写真はいずれも香美市の「夢の温泉」)



住民立ち寄る癒やしの場 
 青々とした淵に奇岩がそそり立ち、瀬音も清らかに水が流れる―。そんな水墨画のような絶景を満喫できる秘湯が、香美市土佐山田町宮ノ口の物部川左岸にある。創業63年の「夢の温泉」。湯治客や作家、女優が愛した硫黄泉は、昔ながらのたたずまいと最新設備を兼ね備え、今も人々の心を引きつける。

 高知工科大学から国道195号を北に300メートル余り。趣あふれる木造2階の建物が姿を見せる。玄関脇のフロントやガラス戸、ぎしぎしときしむ廊下…。昭和レトロな雰囲気が、随所に漂う。

 日帰り入浴もできる温泉宿には、男女の大浴場と予約制の家族風呂があり、多い日は80人ほどが訪れる。農作業の前後や仕事終わりに、ふらりと住民が立ち寄る癒やしの場だ。

昭和レトロな雰囲気漂う施設。住民の癒やしの場でもある

昭和レトロな雰囲気漂う施設。住民の癒やしの場でもある



硫黄泉の浴場からは渓谷美が満喫できる

硫黄泉の浴場からは渓谷美が満喫できる

 釣りをしていた住民が湧き出ている温泉を見つけたのが1955年。旧土佐山田町は町営温泉化を検討したが、財政難で手を付けられず、旧香北町の石川照亀さん(故人)ら有志が58年に開業した。

 照亀さんのひ孫で「土佐遊湯連」会長でもある3代目の統一さん(45)=香北町吉野=らによると、苗木商で財をなした照亀さんが「山を買う」と出掛け、買ってきたのが温泉。親族は度肝を抜かれたと笑う。

 温泉名は、当時の国鉄駅長が命名。近くの地名「夢野」から取ったと伝えられている。3万平方メートルの敷地に宿を建て、200人収容の大広間や7室の和室を備えた。

 湯とともに人々を楽しませたのは景観。2階の客間から見下ろせる温泉近くの巨岩は周囲70メートルはあろうかという大きさで、開業した当初、女優の宮城千賀子さんが訪れ「素晴らしい」と絶賛した。

開業当時、温泉近くの巨岩「千枚岩」を訪れた女優の宮城千賀子さん(左)

開業当時、温泉近くの巨岩「千枚岩」を訪れた女優の宮城千賀子さん(左)

 温泉のシンボルとなっている朱塗りのつり橋は、2018年の西日本豪雨などでこれまで3回流され、その度に架け直された。かつては「千鳥橋」、今は「紅の虹の橋」の名で呼ばれる。

     ◇

 昭和薫る雰囲気とは裏腹に、宿は最新の技術も活用する。ネット予約は県内でいち早く導入。電気自動車の充電スタンドやフリーWi―Fiも完備する。

 「ペイペイでえい?」「iDいけるね」。年配の地元客は手慣れた様子で、電子マネーで決済する。70代女性は「キャッシュレスは簡単。ストレスフリーな憩いの場です」と頬を緩める。

 現在は部屋割りを再編し、一部を洋室に改装中。「アンパンマンミュージアムの効果もあって、子育て世代の利用も増えてきた。老若男女が楽しめる温泉にしたい」と統一さん。将来は、五右衛門風呂やグランピング施設も整備したいとの夢も描く。

 〈風涼しく 川広く流れたり 夢野の出湯に浸りて 都塵を洗ふ〉

 幡多郡黒潮町出身の私小説家、上林暁も詩を残した夢の温泉。時の移ろいに寄り添って進化する、夢の空間がそこにある。(香長総局・横田宰成)


《あの日あの時》1935年ごろ
軍馬育てた種馬所
 馬にまたがる男性がいるのは、「四国種馬所」の門の前。「写真アルバム 南国・香南・香美・土長の昭和」(2018年刊)に収められている、昭和10年代の1枚だ。

 1935(昭和10)年、旧農林省が旧片地村神母ノ木から宮ノ口への約21ヘクタールに設けた施設。優れた軍用馬などの増産、改良拠点として、戦後まで運用された。

 「兵隊さんが怖くて、遠くから眺めよった。大砲を運ぶ馬は大きゅうて、脚の太い黒い馬やった」。近くの田村美登さん(87)は、そう戦時中の記憶を語る。戦後は競馬場が設けられ、娯楽が少ない時代「唯一の楽しみやった」そうだ。

 県林業試験場などを経て、今は高知工科大学に。馬ではなく、優秀な人材を育てる場となった。(香長総局・深田恵衣)


《ナイショのメイショ》
自販機だけの「スーパー」

 「お急ぎスーパー 雨の中でもぬれずにお買いもの」。国道195号沿い、宮ノ口と杉田との境に、個性的な看板が掲げられた一角がある。だが、それらしい店舗はない。あるのは大きな屋根、そして7台の自動販売機だ。

 ここは元々、物部町の谷相元章さんが約40年前に開いた商店があった。次男の孝一さん(68)によると、たばこや菓子、総菜などを売っていたという。中でも人気は、元章さん手作りのおでん。「土建屋さんや学生さんがよう買って帰りよった」と振り返る。

 25年前に元章さんが亡くなり、孫の隆永さん(41)が管理。自販機が並ぶ今の形となったが、屋根や売り文句は元の店のままだ。近くの人や営業マンが気軽に立ち寄る憩いの場は、今も健在だ。(香長総局・小笠原舞香)


《ちょっとチャット》
川田覇琉紅(はるく)さん(14)鏡野中2年
 11月ごろには星神社の秋祭りがあり、小さい頃は毎年おなばれに参加していました。弓や碁盤のような小道具を持って歩くんです。友達とはよく片地小学校に集まって、サッカーや鬼ごっこで遊びました。今は野球に打ち込んでいて、ほぼ毎週練習試合。たまに空いた時間、近くの池でバス釣りをするのが楽しみです。




 宮ノ口は、香美市の物部川東岸、片地台地の北部。片地村、土佐山田町を経て2006年に同市の一部になった。多くの用水池、桜の名所として知られる鏡野公園、高知工科大学がある。かつては国の種馬所や県林業試験場もあった。10月1日現在、73世帯153人。

高知のニュース 香美市 ちいきのおと

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