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2021.09.16 08:00

【ネット中傷】厳罰化には丁寧な議論を

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 インターネット上の誹謗(ひぼう)中傷対策として、法務省は刑法の侮辱罪を厳罰化する方針を固めた。法相の諮問機関である法制審議会に諮問する。懲役刑を導入する案を検討するという。
 ネット上には匿名をいいことに、不当に人を傷つける表現があふれている。被害者が心身の健康を害する事例は後を絶たず、命に関わる取り返しのつかないケースもみられる。対策の強化が急がれるのは間違いないだろう。
 ただし、憲法で保障される「表現の自由」との兼ね合いには十分な配慮を要する。厳罰化には丁寧な議論が求められる。
 法務省に寄せられたネット上の人権侵害情報は近年、高止まりした状況だ。人権擁護機関からプロバイダーへの削除要請は2020年、過去最多の578件に上った。
 昨年5月にはテレビ出演していた女子プロレスラーが中傷被害に遭って死去した。今夏の東京五輪では、多数のアスリートが会員制交流サイト(SNS)の悪質な投稿に傷つけられたと告白したことも記憶に新しい。ネット上の中傷やいじめは深刻さを増している。
 悪質投稿は同様の声を次々に誘発する側面がある。被害者にとっては周囲から一斉に罵詈(ばり)雑言を浴びせられるに等しいだろう。たとえ最初の書き込みが何げないつもりでも、言葉の暴力にほかならない。
 こうした状況に対策を求める機運が高まっている。今年4月には悪質投稿者を特定する手続きを簡素化する改正プロバイダー責任制限法が成立した。侮辱罪の厳罰化検討もその流れにある。
 現在、侮辱罪の法定刑は「30日未満の拘留か1万円未満の科料」で、法制審では「1年以下の懲役・禁錮または30万円以下の罰金」を追加する案を検討する。
 具体的事例を示して人をおとしめる名誉毀損(きそん)罪は「3年以下の懲役・禁錮か50万円以下の罰金」と規定される。事例を示さない侮辱罪との差は大きい。
 侮辱罪は1907年の刑法制定時から大幅な見直しはなく、ネット社会は想定していない。現実に応じた検討は必要だろう。ネット上も社会の一部である以上、言動に責任が伴うのは当然といえる。
 一方で、厳罰化には副作用が生じる恐れが否めない。
 例えば、政治や社会に対するまっとうな批判も責任を追及されかねない状況になれば、活発な議論は望めなくなる。厳罰化には、処罰の対象に明確な基準を設けた上で、恣意(しい)的な運用の余地がない透明性を確保することが前提だろう。
 憲法上の権利を尊重しつつ、言葉の暴力から人権を守る。そのどちらが損なわれても民主主義にとって重大な問題だ。両立させる慎重な議論が欠かせない。とはいえ、厳罰化という対症療法だけでは中傷被害はなくならない。表現の自由を享受する利用者一人一人が、責任と向かい合う必要がある。

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