2008.03.24 08:00

『本城直季 おもちゃな高知』引っ越しの季節

 高知市街地
高知市街地

 もうすぐ引っ越し屋さんが来てしまう。あやこ(27)が焦って荷造りをしていると、たくさんの本や資料の中から、6年前に届いた母親からの手紙が出てきた。「元気ですか」。あまり日をおかずに「いつでも帰ってらっしゃい」。多いときは週に1回、食べ物や洋服なんかが詰まった箱に手紙が添えられて、あやこのアパートに届いた。「飛行機代なら心配いらないから、体無理しないで」
 
 「わたしよっぽど心配かけてたんだな」。ふふ、とあやこは思い出す。医者を目指すあやこは、6年前、思いがけず高知で学生生活をスタートすることになった。初めての一人暮らし。環境の変化にすぐに体調を崩し、通院を重ねた。声が響くと余計に寂しいから、毎日部屋の隅っこで家族に電話をかけた。母の言葉に甘えて月に1回千葉まで帰り、お小遣いはすべて飛行機代に消えた。「何にもないんだよ、あんなとこ住むとこじゃないよ」。関東で暮らす友達には愚痴ばかり。
 
 都会から越してくると戸惑いは大きかった。千葉のナンバープレートを見て、「それどこ?」と話しかけてくる見知らぬおじさん。「何で他人にそんなこと聞かれなきゃいけないの」と面食らった。
 
 「例えば人が血を流して倒れていても知らんぷり」するのが普通という環境で過ごしてくると、用水路沿いで脱輪してぼうぜんとしているとわらわらと人が寄ってきていつの間にか救出されている、という体験が信じられなかった。
 
 部屋から見つかる手紙は、次第に間隔が空いてくる。「最近連絡ないけど元気ですか」「家に電話してもいないね」
 
 家族ぐるみで接してくれる友達もでき、少しずつ地名を覚え、知らない人に話しかけられても、笑顔で返せるようになった。5年生の春には、「人生の伴侶」と呼べる人と、同じ名字になった。
 
 「高知のおばあちゃん」と呼べる女性に出会ったのは、4年生の春。友達に誘われて始めた茶道の先生は、週末に教室を訪ねると「いらっしゃい。ま、おあがんなさい」とにっこりほほ笑む柔らかな先生だった。体の弱いあやこが気分が悪くなったときも、すぐに枕と毛布が用意された。病院実習が始まり、人の死を間近に感じて悩むとき、先生の顔がせめて心和む場となった。
 
 3月、最後のおけいこ。「お世話になりました」とあいさつしているうちに、声が詰まった。「やっぱり帰りたくない」。子どものときに泣いたように、声をあげて泣いた。先生は「また飛行機ですぐ来れるでしょ」と慰めてくれたけど、一緒に泣いていた。
 
 そして今、大嫌いから大好きになった高知を離れる。慣れない実習中「これ食べや」とお菓子をくれた患者のおばあちゃん、「いつの間にか2人とも社会人やね」とあやこ夫婦を見守ってくれた食堂のおじちゃん。「高知に来るまで人ってこんなにやさしくて、誰かのために何かできるなんて考えもしなかった。今までやさしくしてくれたぶんを、今度はわたしが返す番だから」と、彼女は都会で医者のたまごとしての一歩を踏み出す。心の奥には、この街で出会ったたくさんの人の笑顔がある。

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