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2007.10.15 08:00

『本城直季 おもちゃな高知』秋の海に鳴く

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高岡郡中土佐町久礼


 「たまげたあー」と85歳の雪ちゃんが、海を眺めながら、近所の仲良し相手に大きな声を出した。数日前、妹たちと見物した讃岐金比羅さんの秋祭りの話だ。「たまげた。山のどこに、あんなようけ、人がおっつろうか。ぞんろ、ぞんろ列で進みよったぞね」。雪ちゃんの話に聞き入っているのはエプロン姿の女性ばかり6、7人。最年長は、人に年齢を問われると「あたし、あの世のもん」と答える春子さん(87)で、最年少は富ちゃん(70)。
 
 深まりだした秋。漁港そばの擁壁は見晴らしがいい。海辺に下りるいくつかの階段口はそれぞれ3畳ほどの広さがあり、立派なテント付き。なじみの接骨院がくれた長いすなどが置かれ、ちょっとした寄り合い展望所になっている。やってくるのはたいてい女性たち。あまりに居心地がよくて、話に夢中になりすぎ、「漁へ向かう船の音で気がついたら、朝方だった」という人もいるらしい。雪ちゃんだって、金比羅参りで午前3時ごろ帰り着いたその日も休まず、展望所に顔を出していた。
 
 「昔は旧正月に必ず、漁の安全を祈りに金比羅へ、汽車でいたわ」。さつきさんがしみじみ言いだし、みんなうん、うんうなずいた。「昭和40年代だったか、ウルメがよう捕れ、売れた。奥さん連中が、トロ箱を奪いおうて」と富ちゃん。漁に出た男たちは夜になっても海でぎりぎりまで粘り、妻たちは浜で火をたいて帰りを待った。水揚げした魚は、浜でトロ箱に入れ、市場に運ばれる。トロ箱がないと魚は船に載せたまま待つことになるから、すぐ奪い合いになった。
 
 「船が着くとテグスにぶらくっちゅうのを、慌ててはずいて、トロ箱へ放り込む。暗いときはヒラゴとウルメの見分けが、つかんくて困った…」という富ちゃんは、「ここにおるのんは、あの時、トロ箱を奪い合うたもん同士やね」と笑う。「ここらの擁壁沿いの家が、2階建てになったのんも、ウルメのおかげ」と大工の妻の、はやっさんが続けた。
 
 猛烈な台風がやって来たのは、そんなころ。擁壁に1番近いはやっさんの家は、もろに高波をかぶった。波は寄せるたび、2階建ての家々の頭上を簡単に越え、家の中では台所の排水穴がごぼごぼと逆流。外はボンベや大八車、材木が海水に浮き沈みした。
 
 台風が去った後、沖合に浮かぶライオン島はたてがみの松が消えた。「どっち向きのライオンだったかも、忘れてしもうた」と女性たちは言う。そして漁業はいつの間にか、小さな灯になろうとしている。さつきさんがつぶやくように言う。「ほんら、あそこに並んだ二つの島。穴があるろ。鬼があこに棒を刺して担いできたんじゃっと。たどり着いた時にはしんどうて『おおの』言うて置いたと。であの辺りは大野いう地になったと」。伝説によると、瀬戸内の優しい青鬼が台風の被害を防いでやろうとやってきて力尽き、海に消えたという。ついてきた小鬼は泣き叫んで自分も小さな岩になった。風と波が、いろいろな思いをのみ込んで鳴いている。(天野弘幹)

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