2007.07.23 08:00

『本城直季 おもちゃな高知』お茶と、おかんと

 高知市のわんぱーくこうち周辺
高知市のわんぱーくこうち周辺

 「こんちわー。おじゃまします!」
 
 家へ入る前に、まず玄関で叫ぶのがルール。たいてい数秒後、台所から「はあい」と彼女の元気な声が返ってくる。その後、「ま、どうぞ」といった感じでお茶が入る。そして、五分たたないうちに子どもたちはわんぱーくこうちに駆けてゆく。15年ぐらい前の風景。
 
 砕石を載せたダンプがごんごん走ったり、かわいい観覧車がゆらゆらと回る高知港近辺、その一隅。両側を町工場に挟まれた小ぎれいな2階建ての家で、彼女は18年暮らしている。両親や子どもたちは、もう家にいない。
 
 彼女の家には、息子や娘の同級生が時折ふらりとやって来る。なぜって、彼女の周辺が、いつもゆったりと時間が流れる心地いい空間だから。訪れる同級生たちは、自分たちの背が伸びたことも忘れて「家、小さくなったかな」とか考えたり、コーヒー片手にとりとめもなく談笑したり。どこかのベストセラー本じゃないけれど、彼女は「おかん」なんて呼ばれたりもしている。

        ◇
 
 「女手一つ」で3人の子どもたちを育てた。5人家族、関東地方で平和に暮らしていた昭和終わりごろ。夫がくも膜下出血で「無言、無動」になった。一家で生まれ故郷の高知に戻ったら、次は母親が認知症になった。
 
 「そりゃ昔は、家族の世話やら何やらで、誰にも言えないぐらい本当につらいしんどい時もあったよっ」。暗い話もしゃきしゃき、明るく語る「おかん」。
 
 「あの時に救われたのは、子どもの存在と…友達が送ってくれたお茶。本当にすがるような気持ちで毎日ぐいぐい飲んでた。そしたらいつの間にか、細胞から力がわき出て元気になってた。だからわたし今でも『ああ、これに助けられたなあ』って思いながらお茶飲むの」
 
 頼れる人が次々といなくなる中、ひたすら頑張った。静岡産の、普通の熱ーい緑茶をぐびぐび飲みながら。
 
 いつからか、「おかん」は遠くへ行けなくなった。乗り物で長時間移動すると具合が悪くなる。首都圏で働く子どもたちの所へも、会いに行けない。「自分が背負ってきたような苦労は、子どもにさせたくないなあ」といつも思っている。
 
 10年ほど前から、新聞をスクラップし始めた。のりとはさみが入った小箱を傍らに、自分が「ふーん」と思った記事を大学ノートにぺたぺた。おばあちゃんになったら、このノートを抱えてどこかの施設に入るつもりだという。パラパラめくって「あ、この時はこんなこと考えてたぞ」と、記憶と思い出を掘り起こすつもりでいる。

        ◇
 
 長女は、ことし結婚した。新郎一家が高知を訪れ、両家4人ずつでささやかな式を開いた。食事をしたり、順番にあいさつを交わしたりと、楽しいひととき。長男と二女は、今のところ結婚より仕事が楽しいみたいだ。「電話で仕事のこと話すと、声が生き生きしてるもん。ま、いつかいい人見つかるよ」と、にこり。
 
 来年、初孫が生まれる予定だ。

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