2016.06.17 08:25

奇跡の笑顔 全盲・重複障害を生きる(19)心労重なり母寝込む

音十愛ちゃんにとって土佐希望の家は第二のわが家。3歳からリハビリや摂食訓練、レスパイトで通い続けてきた(南国市)
音十愛ちゃんにとって土佐希望の家は第二のわが家。3歳からリハビリや摂食訓練、レスパイトで通い続けてきた(南国市)
 ■希望の家 緊急受け入れ■
 夫が休職して半年後の2011年半ばから山崎理恵さん(49)は働きだした。それから4年近くたった2015年春、その日はやってきた。離婚だ。兄は父と、姉と音十愛ちゃんは母との生活が始まった。

 理恵さんは振り返る。「ずっとスレスレの生活が続いていたんです。子供のことで精いっぱい。これ以上、夫を支えるのは無理でした。いつ破綻してもおかしくなかったけど、お兄ちゃんの高校受験があったんで、それまではそっとしておきたかったんです」

 特に悲愴(ひそう)感はなかったという。「精神的にはすごく楽になりましたね。人生をリセットし、仕事も思い切りできるかなと」

 そして5月半ば、小さなアパートに引っ越したのだが…。1カ月もたたないうちに理恵さんはパンクした。6月8日の朝、布団から起きられなくなったのだ。

 環境の変化で音十愛ちゃんの自傷が悪化。夜も寝なくなっていた。中学生の長女は、母の気付かぬところで悩んでいた。片や理恵さんは仕事が立て込んだため、家事の応援を高松の祖母に頼んだ。ところが、祖母は高知に来た途端、心臓発作を起こしUターン。そして理恵さんは限界を超えた。

 「疲れたんでしょうねえ。全く気力が湧かなくなって。もう、駄目やなと」

 大ピンチ。しかし、こういう時、必ず救いの神が現れるのが理恵さん。この時は掛水加芽子さん(高知市一宮)だった。8年前、土佐希望の家のレスパイト(休息)を紹介してくれた人物。重度心身障害児の教育を受ける権利を求めて立ち上がり、行政を動かした大先輩でもあった。

 「困った。もう、何ともなりません。どうしたらえいろう…」。理恵さんの切羽詰まった電話に、掛水さんは即座に希望の家へSOSを入れた。「お母さんが寝込んでしもうた。生活の目鼻が付くまで、音十愛ちゃんを何カ月かショートステイで預かってもらえんですか」

 ショートステイは宿泊を伴う短期入所。本来、親の体調不良の緊急時や冠婚葬祭、家族旅行などで数日間の預かりが主だけに、1カ月単位の受け入れはまれ。希望の家のショートステイ枠は4床しかない。実は音十愛ちゃんは、その半年ほど前から月数回のペースでショートステイ利用をしていたのだが、自傷などで手が掛かることから現場は不安に。「他にも使いたいお母さんはいるのに、音十愛ちゃんだけ特別扱いしていいの?」という声も出たという。

 ただ、偶然にもショートステイ枠のベッドが一つ空いていた。支援がなければ家族3人は路頭に迷いかねない。一刻を争う。急遽、希望の家の幹部と受け入れ担当者が検討し、人員配置を増やすことで職員との合意が図られた。これを受けて相談支援事業所がサービスプランを組み、所管の高知市障がい福祉課が支給決定。4日後から取りあえず2カ月間のショートステイ受け入れが決まった。

 初めて親元から離れる音十愛ちゃん。長期にわたって希望の家を自宅代わりにし、昼間は盲学校と放課後デイサービスで過ごすことになる。不安が渦巻く中で、異例のロングステイに突入した。

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