2024.04.03 08:00
小社会 消えた屋台の灯
作家の嵐山光三郎さんはある取材に「よせばいいのに屋台ですすり…」。その誘惑を「魔物」と評した。哲学者の千葉雅也さんはアカデミック。酔っぱらって満腹で眠る行為を「生きて考える持続の中断」とし「死の欲動の発露」などと自著で大げさに表現してみせる。
その中で、作家の村松友視さんの話が面白い。はしごの歯止めが利かない繁華街からいつ帰るか。仲間内で「帰ろう」は言いにくい。そこで「ラーメンでも食おう」が「帰る儀式」になるのだとか。異議を唱える人はいない、と随筆にあった。
高知市のおまちの屋台は、そんな存在でもあっただろう。ここで解散という例が多かったのでは。観光面も含め、夜の街で長く存在感を放ってきた。
その屋台の灯(ひ)が、行政の要請を受けて3月末で消えた。そもそも違法状態を黙認されて続いてきた歴史がある。今の時代、福岡・博多のように公的に環境を整えない限り生き抜くのは難しいということか。
高知市に存続策を期待したが、「検討を尽くして」断念したという。ただ、対応を疑問視する店もある。ガラーンとしたグリーンロードには、寂しさと同時に「後味の悪さ」も漂っている。