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2024.01.29 08:00

小社会 背負い込まずに

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 神様がつくった試合、といわれる。1979年夏の高校野球、甲子園で延長十八回までもつれた箕島―星稜戦。2度先行された箕島高がそのたび、2死から本塁打で追いつく。野球少年だった小欄も、終わらない激闘をテレビで見た記憶がある。

 球審は、土佐高で53年夏に準優勝した永野元玄(もとはる)さんだった。永野さんは敗れて肩を落とす星稜高の堅田外司昭(としあき)投手に、この名勝負で使われたボールを渡したという。「ご苦労さん」。堅田さんはその後、審判員の道を歩む。

 高知が野球王国と呼ばれた時代。雪国の高校と当たると正直、「もらった」と思ったファンは多かったのでは。いまはもう東北も北陸も強い。中でも星稜は北陸の雄に。石川県の代表は早くから手ごわいイメージになった。

 春の選抜大会に能登半島地震に見舞われた石川から星稜、日本航空石川高の2校が選ばれた。後者は輪島市にある。家で下敷きになった祖母を救出。「もういい」と言う祖母を「だめ!」とおぶって、高台まで避難した選手もいるという。

 選考は被災地への配慮もあったかと思えば、さにあらず。航空石川は県大会決勝、北信越大会準決勝とも延長戦を戦っている。つまり実力通り。地元を勇気づける意気込みが伝わる。ただ、あまり背負い込みすぎず野球を楽しんで、という思いもわく。

 郷土からは高知高が選ばれた。野球王国の復権を願うが、これも背負い込まずに力の発揮を。

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