2023.12.29 08:00
小社会 敗者の生き方
森合正範さん著「怪物に出会った日」をやっと手に入れた。先日、ボクシングで2階級での世界4団体王座統一を果たした井上尚弥選手。拳を交えた者しか分からない強さとすごみを、彼と闘って敗れた国内外のボクサー10人に取材している。
「何か硬いモノで殴られたような感覚」「フックの軌道がストレートに変わった」「俺のこと、本気で殺しにきている」。井上選手だからだろうか。元世界王者らが負けた試合を嫌がらずに振り返っている。
どの選手も打たれた場面や感情を鮮明に覚えている。日本人ボクサーの一人は、井上選手との試合は「一瞬一瞬が命懸けになる」からだと語る。年に数試合しかしないボクシングの1敗は重い。人生の転機になった場面を鮮明に思い出すのは、私たちにもよくあることかもしれない。
敗者のその後はさまざまになる。「井上より強いやつはいない」と自分を奮い立たせ、世界王者になれた者。母国の貧しい家族や親類のためにリングに立ち続け、富を得た者。むろん敗戦に長年向き合えず、取材後にようやく前を向けた者もいる。
勝ち続ける者はごく一部なのが世の常で、閉塞(へいそく)感漂う世相でもある。つまずきを糧にする生き方は心しなければ。