2023.12.04 08:00
小社会 小さな物語
震災後も地域のために働いた男は3年後、涙が止まらなくなって入院する。社会復帰に向け、出てきた東京の町。中学の文化祭でダンスのステージに立った少女を、男は「きれいだった。一番だった」と称賛して立ち去る。
母親が警察を呼ぶ騒ぎになるが、不思議な交流が続く。ある日、男が津波で亡くした長女の名で呼んでしまい、少女は複雑な思いに。写真を見せるよう求めると、そこには自分とうり二つの長女がいた。今度は少女の涙が止まらなくなる。「よかった…。(心の)病気じゃなくて」
中流家庭の崩壊と再生を見つめた「岸辺のアルバム」。劣等感を抱える大学生たちを描いた「ふぞろいの林檎(りんご)たち」。山田さんは、時代ごとの複雑で深い人間の物語を追求した。
かつての本紙で、震災の被災者を「悲しみ」という感情で一つにはくくれないと語っている。「悲しみは人それぞれに違っていて…個別の悲しみを普遍化するのは難しい。個々の悲しみの独特さを感じています」「なるべく個人の、小さな物語を書きたい」
普遍化できない悲しみ、小さな物語はどれだけあるのだろうと想像する。例えば、いまのガザやウクライナにも。