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2023.11.26 08:00

【映画助成金訴訟】公的支援の在り方に一石

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 「公益」という抽象的な概念を恣意(しい)的に解釈すれば、社会のさまざまな動きや人権に制約を加えることも不可能ではあるまい。最高裁は「公益が害される具体的な危険があるかどうか」という物差しを示し、文化行政の在り方を戒めたといえる。
 映画への助成金を巡る訴訟で、文化庁所管の独立行政法人「日本芸術文化振興会」(芸文振)が出演者の薬物使用事件を理由に助成金を不交付とした処分は、裁量権の逸脱に当たり、違法だと判断した。
 映画は製作会社「スターサンズ」が手がけ、2019年に公開された「宮本から君へ」。脇役で出演した俳優が逮捕され、執行猶予付きの有罪判決が確定した。芸文振は1千万円の助成を内定していたものの、不交付を決定した。
 訴訟では、税金を原資とする助成金の交付が公益に照らして妥当と言えるかが焦点となった。一審判決は不交付を違法、二審判決は適法と判断が割れていた。
 最高裁は、交付の是非を判断するには公益的観点は必要とする一方、交付の拒否が広く行われれば、「表現行為の内容に萎縮的な影響が及ぶ可能性」があると指摘。不交付には具体的な危険を考慮する必要があるとの判断基準を示した。
 この映画の出演者が逮捕され有罪となったのは撮影後だ。製作会社は犯罪とは無関係で、配役の段階で大きな過失があったわけでもない。交付によって「国が薬物犯罪に寛容だ」と受けとめられるという芸文振の主張は合理性に乏しく、製作会社や作品への「厳罰」も過剰反応だった印象が拭えない。
 日本映画は製作費が小規模な作品が多く、助成金を得られるかは製作側にとって重大な問題となる。不交付が頻発する状況になれば、審査側への忖度(そんたく)が働き、配役でも過剰な「身体検査」が行われかねない。そうなっては、作品の創造性や自主性が損なわれてしまおう。
 解釈の幅が広い「公益」を理由とした判断なら、広く納得を得られるだけの合理性と透明性が求められよう。芸文振の対応には少なくともそうした慎重さが欠けていた。
 文化や芸術への公的な支援の在り方が問題になるのは映画だけではない。映画公開と同じ2019年には芸術祭「あいちトリエンナーレ」でも企画や展示内容を巡って、文化庁が一時、補助金を不交付とした。近年は、自治体が会場の貸し出しを拒むケースも散見される。
 文化行政に関わる組織に事なかれ主義や忖度がまん延して安易な拒否が増えれば、市民が触れる表現活動の内容が偏ったり、機会が減ったりしてしまう。文化や芸術の振興を図る本来の役割に、結果として逆行することにもなりかねない。公的機関による制限は最大限、抑制的であるべきだろう。
 今回、最高裁は憲法で保障された表現の自由に踏み込んで、公的支援の在り方に一石を投じた。文化や芸術を取り巻く危機的な状況を重く受けとめる必要がある。

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