2023.11.09 08:27
車椅子でアユとファイト! 「本当に好き」高知市の桑名さん―魚信 はっぴぃ魚ッチ
両手で竿を握り、掛かったアユとファイトする桑名秀輔さん
アユシーズン終盤の9月下旬、高知市小津町の釣り師、桑名秀輔さん(38)と鏡川を訪れた。
竿(さお)を出したのは高知市鏡庁舎前。野アユの反応はいまひとつだったが、おとりが急流手前の岩にさしかかった時、オレンジ色の目印が「ギュギュギュン」と下流へ走った。竿を支える桑名さんの顔がゆがむ。良型アユが流れに乗って容赦なく引く。ぐいっと竿を立てた瞬間。ふわっと手応えが軽くなり、おとりだけが宙を舞った。
「うわ!」。思わず声を上げたのは記者のほう。顔を見合わせ、悔しがった。
桑名さんは釣りに夢中な少年だった。ところが土佐中1年の3月1日。徳島県の山あいで、家族でアメゴ釣りの解禁を楽しみ、夕刻に帰り支度をしていたところに、飲酒運転、無灯火の車が突っ込んできた。桑名さんは内臓破裂の重体。一命は取り留めたものの、手足がまひし、声も思うように出せなくなった。
重い後遺症を負いながら桑名さんは前を向いた。高知短大を卒業し、防災士の資格も取得した。そしてやはり、熱心に釣る。
父の隆一郎さん(69)とともに、アメゴやアユ釣りの経験多数。思い出を次々に語ってくれる。
「安田川で初めてアユの当たりと引きを味わい、一瞬で友釣りのとりこに」
「奈半利川では竿を立てることもできず、『ギュー、バチン!』。ひらひらと宙を舞う仕掛けを見た虚無感が忘れられない」
「伊尾木川で投げたスプーンを、トロフィー級のアメゴが追ってきて…」
そして事故。「ショックだったけど、本当に釣りが好き。やめる気は一切ないし、釣れた時の感動は事故後の方が大きい。魚や山、川に感謝の気持ちが湧く。しばらくの間、情景を思い返すだけで元気があふれてくるんです」
「釣りました!」。後日、ばっちり釣り上げたアユの写真が送られてきた
日が傾き始めた鏡川。サポートする隆一郎さんが、新しいおとりを仕掛けに付けて水中に送り込み、息子に竿を手渡す。
さあ、掛かれ―。
桑名さんの思いを知ってか知らずか、おとりはぐいぐい泳いで流れの中へ。川岸で竿を握る桑名さんは、自由なのだ。(本紙・ハチ)