2023.09.28 08:00
小社会 そして、今
場面変わって四万十川支流の渓谷。記者が進むと、巨大な石組みの堰堤(えんてい)が現れた。大正期、穂吉さんという人が自力で組みあげたという。第三者が見ることで立ち現れた「そして、今」の瞬間だ。
本山町の藤原厚志さんは、崖また崖の狭い山間に生まれ育ち、夏場の現金収入を得るため、高知県で誰もやらなかったリンドウ栽培に励む。30代はスカシユリを育て、40代のある日、1万本ある茎の先のつぼみから一本、異なる膨らみを見つける。
苦節25年目の春の1日のことは、はっきりと覚えている。これが今、当地だけで栽培されている花「ノーブル」の始まりだ。
一昨日に最終回となった本紙シリーズ「そして某年某日」。1回目に登場してもらった、その藤原さんを訪ねると、畝にずらりと植えた球根を奥さんと見回していた。―これ、最初はたった1個だったんですよね? 腰をかがめ、球根を見つめ、少し間があって「うん、そう」とうなずかれた。つぶやいたような声と間に情緒があった。
努力や苦労、歴史の先に、長い時間が一瞬に収束されたかのような「そして、今」がある。