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2023.08.25 08:00

小社会 田邊教授の死と充実

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 ああ、自分は今生きているな。そんなふうに感じるのはどんな時だろうか。円滑な呼吸があり、飲食が喜びであって、安心とともに眠れる。それでもう十分なのだろうが、もっとこう血が湧くような生の充実の時間のことである。

 牧野富太郎博士の晩年の著書「自叙伝」において東大への出入り禁止を命じる人物として矢田部良吉教授が登場する。博士の率直過ぎる筆遣いによって、矢田部はすっかり「悪役」にされた。「牧野富太郎の物語」を新たに創造する時、どう彼を扱えばいいのか?

 朝ドラ「らんまん」の撮影が始まる前、これは脚本上の重要な課題だった。ドラマの制作統括者と脚本家は「単なる悪役にはしない」と決めていた。

 もちろん悪役を矢田部教授ではない誰かにするという選択もできた。ドラマはフィクションなのだ。けれど脚本は史実に背くことなく立ち向かった。

 そして矢田部をモデルとした田邊教授の物語が終わった。教授を罷免された後に海水浴で溺死するという意外な最期も史実に沿ったものだ。主人公を迫害する傲慢(ごうまん)で不遜な教授でありながら、シダや音楽や大きな白い羽枕を愛する魅惑的なキャラクターを俳優の要潤さんが見事に演じ切った。

 皮肉の笑みばかりだった田邊教授が真の笑顔を見せたのは、植物学者としてキレンゲショウマを新属新種として突き止めたその時であった。生の充実とは何か。毎朝15分のドラマから学ぶ。

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