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2023.08.06 08:00

【原爆の日】核抑止論を乗り越えて

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 1945年7月17日。当時のチャーチル英首相を米国務長官が訪ね、1枚の紙を手渡した。それにはこう書かれていた。 
 「赤ん坊は、満足に生まれた」
 赤ん坊とは米国が実験していた原子爆弾のこと。その成功を告げていた。チャーチル元首相が「第二次大戦回顧録」に記している。
 日本の諸都市は空襲で壊滅的打撃を受け、7月末には海軍も事実上存在していなかった。原爆を使うまでもなく日本の敗北は定まっていた。にもかかわらず、8月6日に広島、9日に長崎へ投下される。理由は戦争終結を早め、米英兵のさらなる犠牲を防ぐためだった―。
 回顧録を読むほどにやりきれなさが募るが、米国を中心に核使用を正当化する声は根強い。現在では相手側の核使用を抑止するための核保有を正当化する「核抑止論」が、多くの国で定着してもいる。
 ことし5月、広島市で開かれた先進7カ国(G7)首脳会議。議長国・日本を中心に初めて核軍縮に特化してまとめられた「広島ビジョン」でも、G7の核抑止政策は容認された。「核兵器は防衛目的のために役割を果たす」との趣旨だ。
 ウクライナに侵攻するロシアは核威嚇をやめず、北朝鮮は核開発を続け、中国も核戦力を増強する。安全保障環境が厳しさを増す中、日本国内の世論調査を見ても核抑止の役割を肯定する声は少なくない。
 一方でロシアの核威嚇により、核兵器が使用されるリスクは冷戦以降で最悪のレベルまで一気に高まっている。現状はかえって、安全保障を核抑止に頼ることの危うさを示しているのではないか。
 確かに「核兵器なき世界」の理想と、現実は懸け離れている。だからといって理想を笑い、さらに遠ざけるだけでは、いつまでたっても核廃絶への道は閉ざされたままだ。
 核兵器は戦闘員、非戦闘員の区別なく罪なき民を殺す。放射能被害の苦しみは次代にも影を落とす。使われたら取り返しのつかない核兵器は「絶対悪」―。そう訴える被爆者らの声に、あらためて耳を澄ます時である。
 多くの被爆者らは、核兵器を全面的に違法化する核兵器禁止条約への日本の参加を求めている。だが、核抑止力を重視する政府は条約を批准していない。まずは核禁止条約の締約国会議にオブザーバー参加し、核廃絶の機運をいま一度高める。同時に核保有国に対し、停滞している核軍縮の再開を強く促す―。
 核保有国と非保有国の「橋渡し役」を自任する日本に求められているのは、こうした地道で具体的な取り組みの積み重ねだろう。
 核抑止力への依存を捨て、外交によって紛争を防ぎ、始まってしまった紛争は外交で終わらせる努力を続けなければならない。「原爆の日」を迎えてその思いを強くする。
 78年前、「満足に生まれた赤ん坊」。人類が生み出した自らを壊滅させる最悪の兵器を、二度と目覚めさせないために。

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