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2023.04.27 00:04

【K+】vol.196(2023年4月27日発行)

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K+ vol.196 
2023年4月27日(木) 発行

CONTENTS
・はじまりエッセイ letter198 中西なちお
・K+インタビュー 話をしてもいいですか vol.198 上村菜々子
・特集 時が戻る喫茶店|珈琲店 淳
・フランス生まれの土佐人便り BONCOIN IN PARIS✉42
・高知を元気に! うまいもの熱伝 volume.70|天日塩@黒潮町
・小島喜和 心ふるえる土佐の日々 第四十三回
・Information
・シンディー・ポーの迷宮星占術
・+BOOK REVIEW
・今月のプレゼント

河上展儀=表紙写真

→紙面ビューアで見る

特集
時が戻る喫茶店
珈琲店 淳

仙頭杏美=取材 河上展儀=写真


父の感性をそのままに。
昭和40年代の香りが残る、2代目夫婦が営む珈琲とジャズの店。




唯一無二のレトロ空間

 その喫茶店は、不思議な店でした。建物はツタに覆われ、入り口が二つ。ツタの葉の間から店の看板がちらりと見えます。店に入ると、また驚きが。古びた木造の店内に、雑多に並ぶ家具や置物、懐かしいデザインの椅子やテーブル。壁一面には、昭和40年代の雑誌のキャッチコピーの切り抜きと手書きのメニュー、ポップがびっしり。そして、聞こえるジャズの音色に、漂う珈琲の香り。まるで、時間が巻き戻ったような錯覚に陥ります。
 ここは、「珈琲店 淳」。純喫茶とも、茶房とも呼ぶ人もいますが、2代目店主の川上章雄さんは、珈琲店と呼んでいます。四万十町窪川、四国霊場37番札所岩本寺に続くかつての街のメイン通りに店はあります。昭和39(1964)年、流行に敏感で、珈琲が好きだった父・淳二郎さんが創業します。高度経済成長で日本は活気づき、喫茶店が日本各地にでき始めた頃でした。「ジャズや写真、旅が好きだった父は感性のある人でした」と話す章雄さん。
 その父の感性を敬愛し、父の店のままにしている喫茶店は、昭和40年代で時が止まる唯一無二の空間でした。




淳二郎さんがポスターやキャッチコピーの切り抜きを貼った壁は、まるでアート作品のよう

淳二郎さんがポスターやキャッチコピーの切り抜きを貼った壁は、まるでアート作品のよう



父の感性をそのまま残して


 父が50代で喫茶店を始めた時、章雄さんは大学生で東京にいたそう。窪川にはまだ喫茶店が少なく、喫茶店は不良のたまり場と考える人もいたため、父が喫茶店を、母が甘味処(どころ)を営み、二つの扉を挟んで店が分かれていました。帰省して初めて見た父の店は斬新で、「すごい場所をつくったなと思った」と話します。珈琲文化が地方にも根付き始めてから喫茶店のみの営業へ。
 跡取りになると決めた次男の章雄さんは、20代半ばに帰郷。同47(1972)年に父から店を受け継ぎます。この頃には、父の手で今の店の雰囲気がつくられていました。常連客からは、「これがいいき変えるな、壊して新しくするなよ」の声。「父の感性を兄弟、姉が誰一人受け継がんかってね。常連さんもそういうから、当時のままにしました」と章雄さん。
 退職後、章雄さんと店を営んで20年になる妻・理恵さんも、初めは常連客でした。転勤で窪川に住むようになり、友人と訪れたのが始まり。「音楽を聴きながら珈琲が飲めるハイカラな店だなと思いました。お義父(とう)さんも店に座っていて、夫やお義姉(ねえ)さん、お義母(かあ)さんが交代で働く、家族で営んでいる店でした」と振り返ります。
 それまで、珈琲が苦手だった理恵さんですが、この店の「ウインナーコーヒー」を飲んで、珈琲が好きになったそう。「他のお客さんも、同じことを言う人は多いんです」と理恵さん。珈琲がまだ珍しかった時代に、たっぷり載った生クリームを混ぜていただくその味は、街の人々の珈琲の新たな扉を開いたのです。


焙煎(ばいせん)するとすぐ酸化が進むので、必要な分だけを焙煎。「ふっくらした豆がうまく焙煎された豆」へと、温度調整しながら理想の豆に仕上げます

焙煎(ばいせん)するとすぐ酸化が進むので、必要な分だけを焙煎。「ふっくらした豆がうまく焙煎された豆」へと、温度調整しながら理想の豆に仕上げます



平成8(1996)年、84歳でこの世を去った淳二郎さんの写真。晩年は趣味の写真をリバーサルフィルムにして店で投影し、常連客と楽しんでいたそう

平成8(1996)年、84歳でこの世を去った淳二郎さんの写真。晩年は趣味の写真をリバーサルフィルムにして店で投影し、常連客と楽しんでいたそう


若いお客さんがよく注文するという「ロマンプリン」。その名は、淳二郎さんが命名

若いお客さんがよく注文するという「ロマンプリン」。その名は、淳二郎さんが命名



パソコンがなかった時代、淳二郎さんが書いた手書きのメニューを印刷して使っています。メニューもほぼ、その時のまま

パソコンがなかった時代、淳二郎さんが書いた手書きのメニューを印刷して使っています。メニューもほぼ、その時のまま



プロフィール
川上章雄さん
父が始めた喫茶店を継いで約50年、自家焙煎珈琲の提供と珈琲豆を販売。ジャズが好きで、店内ではいつもジャズを流している。四万十町出身。77歳

川上理恵さん
会社の転勤で窪川に来た際に、「淳」を訪れて常連に。章雄さんと結婚し、退職した平成15(2003)年から夫婦で店を営む。南国市出身。68歳


自家焙煎珈琲とジャズを

 自分らしさを店に加えたいと、章雄さんが始めたことが二つ。一つ目は、自家焙煎の珈琲を入れ、珈琲豆の販売を始めたこと。独学で学び、生豆を仕入れ、焙煎してブレンドし、好みの中深煎りに仕上げています。ずっと続けているのが、豆の選定を手作業で行う「ハンドピック」。「いい豆を使うといい珈琲になります。味の好みは人それぞれなので、“おいしい”ではなくて、いい珈琲を作ろうとしてきました」と章雄さん。その味を求めて、町外からも豆を買いに人が訪れます。
 もう一つは、音楽が聴ける店にしたこと。父の影響もあってジャズが好きだという章雄さんは、音楽を聴けるようにと店内のテレビの音を消しました。それから、その日の気分で選んだジャズがいつも店に流れています。


虫食いや変形、発酵した豆などが入ると雑味になるため、その悪い豆を取り除く「ハンドピック」。お客さんのいない合間に作業して

虫食いや変形、発酵した豆などが入ると雑味になるため、その悪い豆を取り除く「ハンドピック」。お客さんのいない合間に作業して



くつろぎの場を提供し続ける

 開業から約60年、多くの人を迎えてきた淳。祖父母の代から家族が通うという女性が教えてくれました。「親と来て好きになり、今は娘と孫とも来ています。いろいろな話や相談ができる欠かせない場所」と。理恵さんは、「常連さんがいつも顔を出してくれ、みんなの成長を感じられることがうれしい」と、淳の日常が尊いと話します。「お客さんがおいしいと珈琲を飲んでくれたら本望。生涯現役でやっていきたい」と章雄さん。喫茶店の魅力は、くつろげること。ここに通ってくれる人がいる限り、続けられるだけ続け、くつろぎの場を提供したいと2人は静かに言いました。
 もう数少なくなった昭和40年代が感じられる喫茶店。あの頃を知る人は懐かしみに、知らない人は感じに、ぜひツタの先の扉を開いてみてください。

卵焼きとハムを挟んだ淳二郎さん考案のサンドウィッチ。注文が入ってから焼く卵の温かさとハムの冷たさがマッチし、辛子マヨネーズが利いた人気メニュー

卵焼きとハムを挟んだ淳二郎さん考案のサンドウィッチ。注文が入ってから焼く卵の温かさとハムの冷たさがマッチし、辛子マヨネーズが利いた人気メニュー


珈琲はペーパードリップで入れるのが淳流。「うちの珈琲は、中深煎りなので少し苦みがあり、飲んだ後にさっぱりとした酸味が味わえます」と章雄さん

珈琲はペーパードリップで入れるのが淳流。「うちの珈琲は、中深煎りなので少し苦みがあり、飲んだ後にさっぱりとした酸味が味わえます」と章雄さん



今でも現役で音を出すダイヤトーンのスピーカーは、章雄さんが父に頼んで設置した珍しいオーディオだそう

今でも現役で音を出すダイヤトーンのスピーカーは、章雄さんが父に頼んで設置した珍しいオーディオだそう




◎珈琲店 淳
四万十町茂串町6-4
問/0880-22-0080
営/3〜12月 8:00~19:00(LO18:30)
  1〜2月 9:00~19:00(LO18:30)
休/火
P/3台 

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