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2023.04.13 05:00

意識の壁抜け自分を発見 村上春樹さん、幻の小説が原型

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 新作「街とその不確かな壁」を刊行した村上春樹さん(新潮社提供)

 作家の村上春樹さんが刊行した「街とその不確かな壁」は、40年以上書籍化を封印してきた“幻の小説”が原型だ。「中途半端な形で(文芸誌に)出してしまい、すごく後悔していた。きちんとした形にしたいとずっと思っていた」。村上さんに執筆の思いを聞いた。


 ▽転換点


 新作は3部構成。第1部では、本当の自分は高い壁に囲まれた街にいると話す少女に思いを寄せていた「ぼく」の10代の思い出と、少女が消え喪失感を抱えたまま中年となった「私」が少女の話していた不思議な街に入り込む物語が並行する。


 基になったのは、1980年に文芸誌に発表した中編「街と、その不確かな壁」。「自分の中のアドレッセンス(思春期)みたいなものを描きたかった」と語るが、当時は「書き方の訓練ができていなかった」。デビュー3作目にして自らの不完全さが露呈し、専業作家になろうと決める転換点になったと振り返る。


 過去にも書き直しに挑み、街での「僕」の物語と、東京で「私」が繰り広げる冒険物語が同時に進む「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」(85年)を著していた。「若い時はポップでアクションのあるものを描きたかったが、年齢を重ねもう少し腰を落ち着けて人の内面を描きたい気持ちが強くなった」


 ▽別の世界


 「ぼく」に街の存在を告げた少女は「今ここにいるわたしは、本当のわたしじゃない。(略)ただの移ろう影のようなもの」と口にする。その感覚は村上さんの経験にも結び付く。「デビューまで小説家になろうと思ったことがなかったから、今の状況がすごく不思議。今ここにある世界と別の世界がつながっている気がしてしょうがない」


 街に入る際、「私」は影と引きはがされてしまう。自らの意思を持つ影と「私」の関係、それぞれの選択が、かつての中編と物語を分かつ。「影と本体を等価に置くというのが、新しい試みだった。どっちがどっちか分からなくなる。それは、人の意識と無意識がどっちか分からなくなるのと同じで、すごく怖いこと」


 異世界へ赴き戻ってくる物語構造は村上作品の特徴だ。「意識と無意識の間の壁を抜け、より深いところで自分を発見することが小説の大事な作業。だから、僕にとって壁は重要」。タイトルには「自分ともう一つの世界を隔てる壁は本当に堅固なものなのかという疑問」が込められている。


 ▽成長


 第1部の完成後、半年を経て「この物語は更に続くべきだ」との思いが湧いた。執筆した第2部では、現実世界に戻ってきた「私」が福島県の小さな町の図書館長として働くことに。前館長と対話したり、ある少年と不思議な交流を持ったり、物語後半では「継承」がテーマとして浮上してくる。


 「僕自身が年を重ねたからじゃないですかね」。「私」が街の中で従事していた〈古い夢〉を眠りから目覚めさせる〈夢読み〉の仕事。その「継承」の意味について「主人公は過去とのつながりをある意味で清算する。それは一種の救済になるのかな」と感じている。


 「あるものからあるものへ移行する中でどう意識が流れていくか」を大事にして小説を書いてきた村上さん。「始まりと終わりで、主人公が何らかの意味で成長していてほしい。僕自身も小説を書くごとに何かを学んで、一段階上がっているといいなと思っています」

(c)KYODONEWS

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