2023.04.03 08:00
小社会 この辺りの者
上演に先立つ萬斎さんの解説を興味深く聞いた。狂言では多くの作品で登場人物が冒頭、「この辺りの者でござる」と切り出す。この一言が題材の普遍性を表している。日常的で、どこでも誰にでも通じそうな事柄だ―と。
かつて高知市の夏季大学で講演した万作さんも同じことを言っている。室町時代に形作られた狂言の話は、当時の日常の出来事。夫婦げんかもすれば、役人に賄賂も贈る。600年以上たっても「人間の感情はそう変わりません」。
先夜の演目「佐渡狐(さどきつね)」は、越後の人と言い争う佐渡の人に役人が「袖の下」をもらい、味方する話。賄賂を受け取る万作さんの表情がいい。「首引(くびひき)」は親鬼が娘の姫鬼かわいさから人間に無理も言い、いろんな策を講じる。
ふと近ごろの新聞紙面が浮かんだ。東京五輪を巡る汚職事件。賄賂を贈った、収めたとされる人々はどんな表情で手を染めたのだろう。国土交通省の元幹部が民間企業に同省OBの社長昇格を要求した人事介入。身内の既得権益を守ろうと無理を言った話だが、これもいつの世も変わらぬ「人間の業」だろうか。
いや、そんな無粋な連想はやめておこう。公演の夜は狂言が表現する世界に大いに笑わせてもらった。