2023.01.19 05:00
【東電側に無罪】事故は終わっていない
東京電力福島第1原発事故を巡り、業務上過失致死傷罪に問われた東電の勝俣恒久元会長ら旧経営陣3人を、東京高裁は一審東京地裁判決と同じく無罪とした。
事故は2011年3月に起きた。巨大津波を予見できたか、安全対策は適切だったかが争点となった。
検察官役の指定弁護士側は、津波は予見できたと主張する。東電は最大15・7メートルの津波が襲来する可能性の試算を得ていた。
これに対し控訴審判決は、この試算の根拠となった国の地震予測「長期評価」を含め巨大津波の可能性が認識されるほどの情報はなかったとした。そして、10メートル超の津波襲来は予見できなかったと判断した。
また安全対策に関し、指定弁護士側は、防潮堤建設や主要設備の浸水を防ぐ工事を怠ったと指摘した。だが判決は、事後的な情報や知見を前提にしていると突き放した。事故の発生を防ぐために、原発の運転停止措置を講じるべき3人の注意義務も否定した。
刑事裁判は緻密な立証が求められ、事実認定はより厳しくなると指摘される。過失の認定に必要な津波の予見可能性を一審判決と同様、厳格に判断したようだ。
ただ、この控訴審は公判が3回で結審している。指定弁護士側が求めた証人尋問や裁判官による現場検証などは不採用とした。これではより踏み込んだ判決は期待しにくい。もう少し被災者側に寄り添う姿勢をとれなかったかとの思いが残る。
国会の事故調査委員会は、事故を「人災」と位置付けている。規制当局が事業者側の思惑に取り込まれる関係性にも言及した。その視点に立てば、刑事責任を問うのは当然だ。東京地検は不起訴としたが、市民で構成する検察審査会が起訴すべきだと議決し法廷に持ち込まれた。
津波の予見性は民事訴訟でも主要な争点となり、司法判断は割れている。避難者らが国に損害賠償を求めた訴訟では、最高裁が昨年6月、津波は想定を超える規模だったと判断し、事故は回避できなかったとして国の責任を否定した。
一方、東電株主が旧経営陣に対して会社に賠償するよう求めた訴訟は、東京地裁が昨年7月、勝俣元会長ら4人に計13兆円超の支払いを命じている。結論は決定的に異なる。
政府は昨年末、次世代原発への建て替えや最長60年と定めた運転期間の延長を盛り込んだ基本方針をまとめた。事故の教訓は忘れられたかのように、原発は依存度低減から最大限活用へと転換が加速する。
ロシアのウクライナ侵攻によるエネルギー危機などがこうした動きを後押しするが、原子力政策が事故で失った信頼は回復してはいない。丁寧な説明と合意形成がないままでは分断が強まることになる。事故は終わっていない。