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2022.11.10 10:25

【復刻・ハルウララ報道】あのブームはここから始まった―「1回ぐらい、勝とうな」 現在88連敗

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レース前のパドックで、ハルウララと健祐さん。象さん模様のメンコ(覆面)がユーモラス(高知競馬場)

レース前のパドックで、ハルウララと健祐さん。象さん模様のメンコ(覆面)がユーモラス(高知競馬場)


(2003年6月13日掲載)

 五年前の夏、高知競馬場の厩舎(きゅうしゃ)団地に、小さな馬がやってきた。

 体も気も小さく、外見もぱっとせず、買い手がつかなかった「売れ残り」。北海道三石郡三石町の牧場で生まれた牝馬だった。

 それでも、売れ残りの馬が、いつ大化けしないとも限らない。それが競馬というものだ。

 高知競馬の調教師はテレビドラマで見たヒロインにちなんで「ハルウララ」と名付けた。期待に胸を膨らませ、レース調教を始めた。

 ところが見掛けによらず、とんでもない「癖馬」だった。鞍(くら)は着けさせない、体は触らせない、近寄ると逃げる、暴れる。

 「ケンスケ、おまえ、やってみろ」

 一通り調教を終えて徐々に慣れてきたころ、調教師はこの馬の世話を、まじめで馬が大好きな、厩舎で一番若い少年に任せた。

 当時まだ十五歳。高岡郡佐川町の佐川中学校を卒業後、厩務員として働いていた藤原健祐さんだった。

 もとは騎手志望だったが、「勉強をしなくて」騎手学校の筆記試験に落ちてしまった健祐さんは、厩務員という仕事に魅力を感じ始めてもいた。

 以来、少年は三百六十五日、一日も休むことなく、早朝三時ごろから休憩を挟んで夕刻まで、「困った馬」の世話を続けた。

 すっかり気が合った。気が細くて寂しがりやのウララは、健祐さんだと安心して身を任せるようになった。

 馬小屋から外に出し、少しでも健祐さんが離れると暴れ出し、あたり構わず蹴(け)り倒す。洗い場にはウララが壊したり傷つけた跡があちこちに残った。

 「難儀な馬やなあ。ケンスケがおらんと、あいつはどもならん」

     □――――□

 八十七戦八十七敗――。

 これが五年前の秋のデビューからこの五月までの、ハルウララの「生涯成績」だ。

 「未勝利で八十七連敗ですか?? そんな馬が、おりますかあ」

 地方競馬全国協会の職員が驚くほどだから日本記録なのかもしれない。

 競馬の世界で連敗が続けば、たいていは、そのまま処分場行きとなる。

 ところがウララの調教師の宗石大さんは、「僕はそれができない」のだという。

 「馬を処分に出す時ね、いつもは馬運車にちゃんと乗る馬たちが、こっち向いてね、泣くんです。ぼろぼろぼろ、泣くんです。ずっと僕の方向いてね。だから走れる以上、赤字でも、僕は馬を(処分に)出したくない。馬主さんが出すというなら、ほかの馬主さんを探します。僕は調教師に向いていないんです」

 負けても負けても、けがをしない限りウララが走れることが、健祐さんにはうれしい。

 「前に、僕をぺろぺろなめる芦毛(あしげ)の馬がいて。けがをして、処分場に出された。次の日の仕事、きつかったすよお」

 八十七連敗もきつい? と聞くと、健祐さんは、ぼそり。

 「こいつは今まで、二着が四回もあるんですよ。ハナ差の二着もあるんですよ。雨でコースが田んぼになったとき、後ろから突っ込んできますよ。こいつが二着に突っ込んできたら、万馬券が出ますよ。競馬場が揺れますよ。こいつは究極の穴馬やと思う」

     □――――□

 北海道などで毎年生産される約八千頭の国内産サラブレッドは、ほぼ半数ずつ中央競馬と全国の地方競馬に流れる。

 例えば平成十一年生まれのサラブレッド約八千頭のうち、中央競馬へ行ったのが約四千頭。三千七百頭は地方競馬に登録された。そして中央の馬のうち一千四百十七頭は、その後一年のうちに地方に流れている。つまり地方競馬という受け皿があってこそ、日本の馬産が成立する構図。

 地方から再び中央に戻って活躍する場合もあるし、中央、地方を行ったり来たりの馬もいる。地方から中央競馬に駆け上がっていく強い馬もいる。さまざまな血統の数多くの馬をつくってこそ、強い馬が現れる。

 ハルウララは、そんな日本の競馬を下支えしている静脈の先の先の、底辺で支えている「すそ野」の一頭だと言える。

 この四月以降、高知競馬は馬券が売れず、存廃の瀬戸際で、健祐さんたちは追い詰められてきた。健祐さんの厩舎は、今では調教師と健祐さんの二人きり。馬の数も減った。

 それでも、健祐さんたちは休まず、あきらめず、歩いて、洗って、磨いて、走らせる。

 朝の、真っ暗な馬道。馬と話しているのを聞かれるのは恥ずかしいから、こっそり話す。

 「おまえ、もっと頑張って走れよ。真剣にやりゆうか。次は勝てよな。一回ばあ、勝とうな」

 六月七日のレース日。その日は雨になった。

 健祐さんは、神経質なウララに寄り添ってパドックを歩かせる。

 「ウララー、頑張れー」と女性ファンの声が飛ぶ。

 照れる健祐さん。

 スタート。大雨でかすんで見える馬場を、ハルウララは六着で戻ってきた。

 これで八十八連敗。

 明日もあさっても、二人は馬道を歩く。

 この五年間、二人が一緒に歩いた距離は、軽く三千キロを超える。

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