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2022.10.24 08:30

矢田部良吉博士との「支吾」(下) シン・マキノ伝【21】=第2部= 田中純子(牧野記念庭園学芸員)

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アオホオズキ.

アオホオズキ(3図はいずれも、「植物研究雑誌」(第7巻第5号、1931年)に掲載の「ぬえ植物ノふじほほづき」からコピーしたもの)

 前回は牧野が自叙伝に書いた矢田部との確執を、新たに紹介された矢田部側の史料と照合して捉えなおしてみたが、牧野はそれとは別に矢田部に対する不満を抱えていたようである。自叙伝には見られないが、牧野が創刊した「植物研究雑誌」(第7巻第5号 1931年)に掲載した「ぬえ植物ノふじほほづき」にその辺の事情が記される。フジホオズキは、明治24(1891)年10月10日発行の「植物学雑誌」(第5巻第56号)に矢田部が新種として学名をつけ発表したナス科の植物である。くしくも1日早く、牧野は「日本植物志図篇」第1巻第11集を刊行し、そのなかで第65版としてナス科のアオホオズキを公表した。現在、フジホオズキはアオホオズキの別名とされているが、この矢田部命名のフジホオズキが牧野にとって大問題なのであった。

 この記事によれば、フジホオズキは、矢田部に提供された、高知県と富士山で採集した標本が完全なものではなかったため同属のイガホオズキの実物を参考にしながら矢田部が画工に図を描かせ、それに基づいて記載文を作ったものであるから、それはアオホオズキとイガホオズキを合成した人工的な植物(ぬえ植物と牧野は言う)であると…

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